言った通りの未来に着地できるか?
向かう先が何となく見えても、明確な目標がないと、何をどう頑張ればいいのか分かりませんね。
ビジネス環境において、時代のスピードや変化は実感しているし、今の延長線上に未来がないことは多くの人が気づいているものの、
だから我どうしていくのかという「方向性」や、どう「具体的な行動」に落とし込んでいけばいいのかという問題に困惑している人も少なくありません。
頑張ろうとする意気込みだけでは何ともならんのだろうな、と思います。
このところ、様々な業種業態の、多くの経営者やビジネスリーダーとのミーティングが続いていて、勉強になっています。
まぁ、私のやってることなので、相変わらずのグダグダながらも(苦笑)、これがまたなかなかの激務だったりして(苦笑)、ところがこれがまた面白くて(笑)、
私自身が「情報発信」を促しているものの、当の本人が発信をおたらすにしてしまっている有様です(苦笑)。
そんな中で、明確な数値目標と期限を決めて、本気で向かおうとしている人は強いなぁ、ということを改めて実感しています。
経営には様々な切り口がありますが、その一つに「期限内数値目標設定」があります。
「いついつまでに、◯◯を達成します。」
というやつですね。
ちなみに、私自身は嫌いだったりします(笑)。
何故嫌いかというと、数値目標に縛られて無理するのが嫌だし、その為に努力しなきゃいけないし(苦笑)、
やったかやらないか、できたかできなかったかが一目瞭然だし、できない自分を見るのも言い訳するのも嫌だし(苦笑)、
まして、公言したり宣言したりして、できなかった時の周りの評価や、何だかんだ偉そうに好き勝手言われるのも面倒だし、カッコ悪いしで(苦笑)、
だから、それを本気で作ることや言うことから、できるだけ逃げてるとも言えます(苦笑)。
ダメな自分を誰より自分で見たくないし(笑)、当然誰かににも見られたくないなんていう、
ダサくてショボくてちっちゃくてカッコ悪い奴丸出しなわけですね(苦笑)。
まぁ、過去に、目標に本気で向かって、その為の行動をしまくって、結果が出た時というのは、数少ないながらもあったりして、
それは、例えば、「家業の赤字経営を黒字転換させるぞ」とか、「10年で株式上場するぞ」程度に代表されるような事例になるんだけど、
まぁ、そういう時のあれこれ大変さといったら私はもう二度としたくない(苦笑)と思えるほどの経験と記憶があったから言えるかも知れませんし、
あるいは、それは単にに私が軟弱者なだけだったりするんですけどね(苦笑)。
まぁ、数値目標なんてものは、適当に作ろうとすれば作れるし、言うだけだったら誰でもできるし、本気でやろうとするかどうかなんてのは、本人にしか分からないから、
作ってるだけで何にもしない人なんてゴマンといるし、だから、数値目標があったところでどうなる確証なんてのはないわけなんだけど、
成し得たい何かを自分で決めて、周りに宣言して、約束して、自分の逃げ場をなくして、一途に向かっている人というのは、ちゃんといるわけで、
そういう人といのは、本人の葛藤や大変さとは裏腹に、はたから見ているとやっぱり輝いていますね。
「未来の数値をこうすると言った通りに、まだ見ぬ未来に着地する」
というのは、どれだけ大変かと見に染みているかという思いと反対に、そういう人の輝きを見ると、「今を生きている」という憧れすら持ったりします。
「スピードだなんだ、変化がどうだ」と口で言ってる人より、行動スピードが早いし、業種業態の変化をまるでいとわないし、
「自分らしくがどうだこうだ」と口でギャアギャア言ってる人より、その行動過程の中で勝手にその人にしかない独自性が浮き彫りになってきます。
一番いいのは、
① なすべき具体的目標を自分で決めている
② その為の適切な行動・努力をしている
③ 出すべき結果が出ている
の3つが揃っていることに違いないですが、
仮に③の結果が出ないにせよ、②で本気で向かっている人には、確実に経験が手に入っているし、確実に変化・成長していて、
「当たり前」や「普通」の基準が違ってくるのが何より大きいのだと思います。
何しろそういうことが当たり前で普通の人達は、そういう人達で一緒にいるから、より磨かれて、またどんどん成長して次のステージに行ってしまうわけです。
そう考えると、いつも成果を出す人と、いつまで経っても成果を出さない人の差というのは加速度的について当たり前なのだろうなとも思います。
誰もが「自分は頑張っている」と自覚だけはするが故に、ここが一番恐い。
「頑張る」という言葉ほど、最も適当で曖昧で属人的な言葉なのではないかと思える一つです。
何をいつまでにすることが「頑張る」ということなのか、具体的に聞いてみないとさっぱり分からないのです。
自分の目標に向かって一心不乱に行動している人達とご一緒できる今があるというのは、とても恵まれているとも言えるわけで、
だから、激務だと思いながらも、リアルに面白いと思えるのでしょうね。
リアルな刺激を頂ける環境に感謝しながら、
何となくどっかに向かっていそうな(苦笑)自分の後ろ姿の画像のカッコ悪さを見ながら、そんなことを思うのでした(苦笑)。
改めて見ると、やっぱりすげぇカッコ悪い(苦笑)。