「できる・できない」の前に立ちはだかる「やりたい・やりたくない」(笑)

数多くの中小・零細・個人の経営者の方々と、業績アップの相談を繰り返してきて、
業績アップに対する「できる・できない」の課題を解決すべく、可能性が高い方法を絞り込んでいくのだけど、
それを、繰り返していれば、時間の経緯と共に確実に「できる」に理屈上は近づくことになるのだけど、
しかし、その前に、本人の価値観や感情に委ねられる
「やりたい・やりたくない」
の感情の問題の方が大きく圧し掛かることが、やっと分かってきた(笑)。
要するに、
①「業績を上げる」「お金を稼ぐ」よりも優先される「何か」があったり、
そう言うと、聞こえはいいけど、
②習慣化された「快」の日常が変えられなくて(笑)、
③あるいは、脳・神経・筋肉を使うことが「面倒くさい」があって(笑)、
「できない」の前の、何らかの理由による「やらない」が、そもそもの問題であることが分かってくる(笑)。
それを自分で何とかしなくていいように、感情などなく、ひたすらに「できる」を続ける機械やAIがあるので、
全部、機械やAIにやってもらって、自分では何もしないようにして、えへへ、となってりゃいいじゃん、と思うのだけど、
それだと、自分の価値がないような気がして、「人間らしさ」とか「自分らしさ」を入れよう、などと言い出したら、
すなわち「やらない」を前提とした、機械やAIになって、本末転倒じゃないか、と思ってしまう私はおかしいのだろうか?と思うのです(笑)。
「どうすれば業績アップをするか?」
より、
「やりたいことや、やっていることを変えずに、あるいは何もせずに、いかにお金を得るか?」
=
「労せず、得たい。」
の方が分かりやすいのだけど、それを自覚して、言語化できていないことが最も大きな問題ではないか?
と思うのです(笑)。
ただ、それを相談されても、「それは私も知りません。」になるけど(笑)。
不遜な探求は続く(笑)。
憧れと絶望のファッション哲学・166「デニム・カバーオール」
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今くらいの気候だと、デニムのカバーオールが丁度いいくらいかな。
デニムの羽織りモノは、好きな割りに、着る時期が難しいよなぁ、と着る度に思う。
と言うか、似合わないというだけ説もあるけどな(苦笑)。