「解決」と「欲求」は違う(苦笑)
「言うことも聞かない、やる気もない、こいつを何とかしたいんですよ。」
「機械にすればいいじゃん。自分の周りを全部機械にすれば、君の悩みは全て解決するよ。」
「それはちょっと違う。」
「要するに、他者に影響を与えられる自分でいたいのに、自分にその能力や現実がない憂いの解消を、他者を使って叶えようとしている、ということでいいですか?」
「・・・・・・・・・。」
「できる人になるまで、努力していないか、努力してもできない現実と向き合いたくないか、どちらかですね。どうしますか?」
「・・・・・・・・・。」
「その為の努力、すなわち、知識と経験の数を増やす『脳・神経・筋肉』の動きの量を増やしに行きますか?」
「・・・・・・・・・。」
「何がしたいんですか?」
「・・・・・・・・・。」
「やりますか、やりませんか?」
「・・・・・・・・・。」
「やらなくてもいいんじゃないですか?あなたの人生なのですから。
何もせずにジッとしていればいいんじゃないですか?」
「・・・・・・・・・。」
こういう問題と真正面から向き合うべきである、とは思うが、万人に正しいアプローチかどうかは知らない(苦笑)。
哀しい人は、人に無責任に喋る(笑)

「やりたいことをやれ。」
と言う人がいるので、やりたいことやってると、
「そんなことやっててどうすんだ。」
と言う人が現れて(笑)、
どっちも、その時の行き当たりばったりの刹那の感情を言うけど、
その結果に対して、責任は取らない(笑)。
誰からも求められない哀しみの孤独を、他人を道具に使って解消するのは哀しい(苦笑)。
それやると、余計に人が離れるだけの泥沼だ、ということすら分からないのはあまりに哀しい(苦笑)。
聞かれたり依頼されるまで、人の行動行為に対して喋らないのが賢明なんだな(苦笑)。
と、「荒野の7人」の「スティーブ・マックイーン」のアクションシーンが上手く描けないなと思って描きながらフと思った(笑)。
憧れと絶望のファッション哲学・174「レザー・スポーツジャケット」
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クラシックな40年代タイプの、ツートーンのダークブラウン・スポーツレザージャケットには、
昔のアメリカ映画の脇役で出てくる、粋なオジさんっぽいヘンリーネックのアンダーTシャツが似合うと思っていて、
着て写真を撮ってみたら、
そこにいたのは、単なるしょぼくれたオジさんだった(苦笑)。