独自化ビジネス講座・03「家業の『4500万円の赤字』を『2500万円の黒字』」にひっくり返した時のお話」

業績不振という巨大な塊は、だいたい大き過ぎて役に立たない

会社の業績が落ちてきた。

自社が属している市場そのものも縮んでいる。

売上は下がる。利益も出ない。将来も見えない。

こういう状態になると、人は便利な一言を使い始めます。

「厳しいです。」

確かに厳しい。

しかし、「厳しい」という言葉は、状況を説明しているようで、実際には何も説明していません。

(私はよく使っていた(笑)。)

市場が悪い。

景気が悪い。

競合が増えた。

消費者が変わった。

社員が動かない。

商品が古い。

価格競争になっている。

自分の判断にも自信がない。

本来は別々の問題であるはずのものを、全部まとめて一つの巨大な黒い塊にして、

「会社が大変だ」

と呼んでいるだけです。

そりゃあ、何をすればいいか分かりません。

「会社が大変だ」は、大き過ぎて何一つ具体的な打ち手が見えません。

傘屋は儲からない、で終わっていたら終わっていた家業継承時代

私が家業の傘屋を3代目として継ぎに戻った頃、会社は年間約4500万円の赤字でした。

しかも、傘の市場は明るい成長産業ではありません。

雨が急に降るわけでもない。

日本人が一人で七本の傘を同時に差すわけでもない。

傘の単価が中国製が主流で1/10になっていて、それが勝手に10倍に戻るわけでもない。

「傘業界は厳しい」

そう言ってしまえば、それで話は終わります。

実際、終わるには大変便利な言葉です。

(私は、ずっとそう言ってましたが(笑)。)

業界のせいにすれば、自分が考えなくても済みますから。

しかし、赤字4500万円を「傘業界が悪い」という一個の塊として眺めていても、打ち手は出てきません。

当時は昔からの古株社員さん一人一人が8部門のように、自分で商品を作ったり仕入れたりして昔ながらの得意先さんに売っている、

いわば、1人一事業部制のような状況を続けていて、何がどう良くて、どこがどう悪いのかもまるで分からない状況でした。

そこで、大きな塊を分解していきました。

どの部門の、誰の、
売上が足りないのか。

粗利益率が低いのか。

商品数が多過ぎるのか。

在庫が分散しているのか。

どの商品なら価格決定権を持てるのか。

お客さんは、ただ雨を防ぐ道具を買っているのか。

それとも、他では手に入らない傘なら欲しいのか。

「傘屋」という大きな括りを、部門別に、個人別に、商品、粗利、在庫、仕入れ、顧客、価格、独自性という要素へ分けていく。

すると、全部を何とかする必要はないことが見えてきました。

それが、オリジナルの輸入傘でした。

国産傘を専門店で売っている時代から、時代は移り変わり、

会社の年間粗利額の40%を出している商品は、一部門で一人が担当している「オリジナルの低単価輸入傘」であり、

その販売先は、当時、市場を席捲していたディスカウントストアやホームセンターといった、ロードサイド型の大型店でした。

私も、誰よりもカッコ良くて高級路線の商売をしたかったですが、こり一点に絞り込みました。

自分が触れて、変えられて、結果に影響する一点があったとも言えます。

増やしていたものを、減らした

経営が苦しくなると、多くの人は商品を増やそうとします。

売上が足りないのだから、売るものを増やす。

客数が足りないのだから、対象顧客を増やす。

可能性が足りない気がするから、選択肢を増やす。

そして、人も商品も在庫も発信内容も増え続け、何をやろうしているのか分散して分からなくなります。

売上を増やすために増やしたものが、赤字を増やしている。

なかなか味わい深い経営です(苦笑)。

私がやったのは逆でした。

効率と論理を前提に、感情を一旦抑え込んで、オリジナルの低単価輸入傘一点と、新規開拓営業に絞り込んだのです。

会社と、子供の頃から可愛がってくれた古株の従業員さんに報いるには、イヤイヤでも自分が動くしか手がなかったのです。

商品を絞れば、仕入れも、在庫も、売り方も、説明も、見せ方も集中できます。

ただ納品する傘屋になるのではなく、売り場も什器も店頭ポップもセットした商品にする。

価格競争の中へさらに深く入っていくのではなく、比較されにくい業者になるよう資源を集中する。

「市場全体を成長させる」という、自分では扱えない巨大な仕事を捨てる。

代わりに、

「自分が選んだ一つの商品を、どうすれば売れる状態にできるか」

という、自分の手で触れられる問題だけに変える。

その結果、どうなったか。

同じように同業の傘屋が苦しんで廃業や撤退していく事情もあり、

うまく新規で入れて頂けた運の良いご縁もあり、

さらに、その年から、雨が降る(笑)という奇跡も合致して、

年間約4500万円の赤字だった状態から、一気に約2500万円の黒字へ転換しました。

差額でいえば、約7000万円の改善です。

市場が突然拡大したからではありません。

雨の日が年間300日になったからでもありません。

大き過ぎて扱えなかった問題を分解し、自分が動かせる一個を見つけ、そこへ絞って、やたらめったら動きまくったからです。

「業績が悪い」は、まだ問題ではない

業績が悪化したとき、

「売上を上げなければ」

と考える人は多い。

しかし、それもまだ大き過ぎます。

売上は、客数と客単価に分けられる。

客数は、新規客と既存客に分けられる。

既存客は、購入頻度と離脱率に分けられる。

客単価は、商品単価と購入点数に分けられる。

利益は、売上だけではなく、粗利益率、在庫回転、固定費、値引き率にも分けられる。

さらに商品を見れば、

売れているのに儲からない商品。

儲かるのに知られていない商品。

昔は売れたが今は役目を終えた商品。

誰に売るのか分からないまま残っている商品。

それぞれ打ち手は違います。

全部を「業績不振」という箱へ入れてしまうから、全社一丸となって頑張る、という万能薬が登場します。

「全社一丸となって頑張る」は、だいたい処方箋が見つからなかった会社が最後に出す精神安定剤です。

必要なのは、気合より先に「分解」です。

市場の縮小と、自社の縮小は同じではない

市場がシュリンクしている。

これは事実かもしれません。

しかし、市場が縮小していることと、自社も同じ割合で縮小しなければならないことは別です。

市場全体が100から80へ縮んでも、その80の中で自社が選ばれる割合を増やすことはできる。

市場から消えていく需要もあれば、残る需要もある。

価格だけで選ぶ人もいれば、独自性、専門性、安心、物語で選ぶ人もいる。

大きな市場の数字だけを見ていると、全部が暗く見えます。

しかし、要素まで分解すると、

誰の需要が残っているのか。

どの商品なら比較されにくいのか。

どこなら価格決定権を持てるのか。

何をやめれば資源を集中できるのか。

自社の経験が生きる場所はどこなのか。

という、具体的な問いに変わります。

答えがすぐ出るとは限りません。

ただし、少なくとも手を動かせる問いになります。

巨大な黒い塊を、そのまま抱えない

添付の動画では、TOSBOI君が巨大な黒い塊を分解機へ投入します。

機械から出てくるのは、いくつもの小さな部品です。

全部を直す必要はありません。

自分で扱える部品を一つ選び、工具を当てる。

経営も同じです。

「市場が悪い」

「会社が危ない」

「将来が不安だ」

その言葉が大きいほど、いったん疑った方がいいと私は思っています。

それは問題そのものではなく、複数の問題を考えずに済ませるための、大きな袋の可能性が大きい。

袋を開ける。

中身を並べる。

自分では動かせないものと、動かせるものを分ける。

そして、動かせる一個に絞り込む。

4500万円の赤字を見ていたとき、会社全体を一度に救える魔法の答えなどありませんでした。

あったのは、分解した先で見つけた、オリジナルの輸入傘という一個のパーツです。

会社を変える打ち手は、巨大な経営課題の姿では現れません。

多くの場合、大きな塊を分解した最後に残る、

「これなら、自分で触れられる。」

という、小さな一個の姿で現れるのです。

それでも、その後、家業廃業するに至るわけで、私がいかに無能かを発揮してしまうわけですが(笑)。

自分と自社の「分解」からスタートして可能性までは見出す

経営相談というのは、業績が良い時ではなく、

大抵は悪くなって、どうしていいか分からなくなった時の方が圧倒的に多いです。

実は、そうなった時は、手遅れと言えば手遅れですが、私は、自分の経験から、スタートは必ず、あの手この手で分解から始めて、打てる一手を見つけ出すことから始めます。

ただ、具体的な「打ち手」が見えたところで、次にやってくるのが、

それを、「やりたい」とか「やりたくない」とかいった、本人の感情という巨大な敵がやってくるのは言うに及びません(苦笑)。

その最も大きい問題、それはまた別のお話で(笑)。

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本当は憧れている大人のショーツスタイル(苦笑)

私は小学校の頃、一年中、半ズボンの子でした。

冬場はとても寒かったですが、母親が、「寒さに負けない強い子になるように」、というで、

今考えれば、いい迷惑な話ですが、私はその気になって我慢していました。

ちなみに、寒さには普通に負けていました(笑)。

ちなみに、学校では「ツヴォイの家は貧乏だから長ズボンが買えない。」と言われていました(笑)。

親の偏見と貧乏は子供にはいかんともし難い障壁でした(苦笑)。

とても寒い日には、学校の先生には時々褒められました(笑)。

それから進学して、まだ、いたいけな学生だった頃、

ファッション雑誌の広告で、欧米の大人の素敵なショーツスタイルがよく出ていて、

子供の半ズボンではなく、大人の洗練されたショーツスタイルに憧れました。

本当は、こういう大人のショーツスタイルになりたいのですが、

私が夏に暑いからといってショーツを履くと、

子供の頃のあの半ズボンスタイルと変わっていないことに気づいています(笑)。

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憧れと絶望のファッション哲学・138「プリントTシャツ」

学校のスポーツ系の、可愛いマスコットが付いたプリントTシャツは、学生時代から好きなんだけど、

ネットで、

「歳食ったオッサンが、昔のままの格好しているのはイタイ。」

と書いてあった(苦笑)。

こうして見ると、いつの間にか61歳になった、既にスポーツを何もしていない、スポーツ系Tシャツスタイルはイタそうだ(笑)。

もうファッションとか、どうだっていいよ、暑いんだから(笑)。

 

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