98%のバカっ話に学ぶ顧客にとっての価値(笑)

TOSBOI STUDIOオリジナルTシャツの追加発注の打ち合わせで、

いつもお世話なっている名古屋プリントショップ「無限堂」さんに行ってきました。

 

ホントは新しいデザインも打ち合わせしたかったんだけど、私の方がなかなか進まないもんだから(苦笑)、

今回は、とりあえず定番の追加発注だけでお願いすることにして、

そんで、まぁ、打ち合わせと言っても、98%は定番のバカっ話をしているだけのようなもんで(笑)、

社長の藤井さんは、経営者勉強会で長年ご一緒した方なだけに、気心知れているわけで、

一年ぶりになる会話は、その間のビジネスの変遷や、新しい取り組みや、新たなサービスの紹介・提案や、なぜそこに至ったのかというお話になるわけで、

それが、私は、渦巻く市場環境の中での、一人のリアルな経営判断や意思決定が垣間見えて、とても面白いわけだったりします。

 

 

実際にお金を払って、商品やサービスを購入するということは、

そこに使用意図というものがあるわけで、

そこには、経済学、とりわけマルクスの資本論で言うところの、「使用価値」を見込んでいるのか、さらなる資本増加の為の「交換価値」を見込んでいるのか、

前者は趣味や販促といったになるだろうし、後者はビジネスにおける商品ということになるわけで、

今回の私も、無論何らかの意図を持って制作を依頼しているということになります。

 

使用価値にせよ、交換価値にせよ、消費側が、商品を買ったり、商品を仕入れたり、発注するということは、

それが使用意図に関わらず必要であると判断したわけで、

それをどこに依頼するのかという時点で、選択肢が多ければ多いほど、選択が始まります。

恐らくそれが、ビジネス用語でいうところの競争という奴なんでしょうけど。

 

同じように、Tシャツやプリントを依頼の通り商品化する技術を持った会社や人はたくさんあるのでしょうし、

もっと安くやってくれるところは世界中探せばあるのかも知れませんが、

相見積もりを取ったことすらなく、無限堂さんにこうしてお願い、すなわち最初から選んでいるということは、

無限堂さん、あるいは藤井社長は、こと私に対しては競争のない場にいるということでしょう。

そこには、私にとっての何らかの理由が確実にあるわけで、それを考えながら、話を聞きながら、

 

あるいは、別にTシャツなんてぇもんは、自分が講演用に着用してればいいわけで、

特に次のデザインなんてのは、作っても作らなくてもいいわけで、

でも、作りたくなるというのは、一つの快感はいずれ薄れ、また新たな喜びを得ようとする、

人間の煩悩や欲求というものがあるということを考えると、

それを近代経済学でいうところの、「限界利益」であり、需要と供給のバランスに大きく影響する、という概念に関わってくるのかな?とか、

そんなことを考えながら、バカっ話をしていたのですが、

 

しかし、毎度のことながら、バカっ話そのものに夢中になってしまって(笑)、

私が無限堂を選ぶポイントは、「ここと、ここと、ここだ」という明確な要素など、当然ながら忘れてしまうわけで(笑)、

お互い忙しかったので、要件を済ませて、店を出るのでした(苦笑)。

 

ということは、シンプルに、私のバカっ話に付き合ってくれるという、

代え難い、かつ、圧倒的な価値こそが、すなわち、

「バカっ話」そのものが私にとって大きな価値であるということもできるわけであります(笑)。

 

98%の「バカっ話」と、2%のプロとしての技術、

これからのサービス業に関わる大きなヒントになるような気がしてならないわけで(笑)、

いや、実はちょっとマジメな見解でもあったりします。

「バカっ話」=「真面目」

です(笑)。

 

ともあれ、改めて、バカっ話をしに行くのが主目的で、新しいデザインのTシャツの依頼しに行きますから、

既存タイプの制作、藤井社長、よろしくお願いいたしますね〜。

 

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一つの問題を多方面から考えてみる落とし穴(笑)

髪の毛を切ってもらって、カッコ良くなりました。

えぇ、カッコ良くなったと思っているのは本人だけで、人類のほとんどは、そんなこと思ってないのは知ってますし(苦笑)、

むしろ、そんなどーでもいいこと、人類のほとんどは、関心すらないのも知っております(笑)。

 

「気づく・気づかない」の前に、「関心がある・ない」の問題であります(笑)。

「人にどう見られるか?」と意識する前に、果たして「見ている人などいるのか?」の問題であります(苦笑)。

 

では、髪の毛がボーボーに伸びたとして、それが自分では大してストレスでないとしたら、

果たして、私は髪の毛を切らないのだろうか?と考えてみたら、きっとそうでもないわけで(笑)、

動機としては、来週、初めてお会いする方々の前で講演させて頂くので、

主催の方や、参加される方に失礼のないよう身だしなみは整えようとした、

ということになるのか?、とすると、

でも、そんなこと言ったら、革ジャンにジーンズスタイルで講演することは間違いないわけで(笑)、

身だしなみというだけでは、つじつまが合わなくなる(苦笑)。

 

そういうことに、自分なりの明確な答えを持つことはとても大事だと思いつつも、

 

でも、いつもカットしてもらってるスタッフが、今一人で運営していて、とても忙しく、何とか週一程度の休みはとれてはいるが、

でも、休みの日も技術研修に行くので、キツイと言えばキツイという話になってしまって、

ついついそっちに興味が湧いて(笑)、

だからと言って、ここで人を増やすべきかどうか?という問題を、

スタッフ一人当たりの損益分岐点となる客数の側面から判断し、

一人絶やしても十分な既存客の数が見込めているとして、

それは、技術的な要素でカバーできるのか?

技術以外(スタッフの顔・姿・ファッション・髪型・所作・言葉づかい・趣味嗜好・人との関わり方・気遣い・配慮・楽しいとか優しいとか面白いとか落ち着くとかのキャラクター・会話のうまさや巧みさ・聞き上手なのか話上手なのか・店内の雰囲気・BGM・香り・等の五感情報・家から近い・予約がすぐ取れる・などなど)の要素において、新たに自分のファンを作れるだけの要素を持っていた方がいいのか?

という会話になって(笑)、

 

仮に、同じ程度の技術力を持ったスタッフが2人いた場合、

実績に差があるとしたら、それは技術の問題ではなく、

特に、私のような、美容師の技術力の微細・誤差など分かるわけないような者にとっては、

その美容室に行く動機は、技術以外の要素が大きいわけで、

 

そうなると、飽和状態にある美容室の売上や業績に大きく影響するのは、

技術以外の要素がとても大きいとも言えるわけで、

それが何なのか?のクリエイティブの仮説を立てることと、

それをいかに情報発信していくか?ということに集約されてくるので、

そういう人は自社にとってどんな人であるか?という、採用や教育というものを先に考えいくことが、

もし、忙しいのがキツイというだけではなく、経営判断という側面で考えるなら大切ではないか?

特に、最近は入ってきてもすぐ辞めてしまって定着しないという問題もよく聞くから、

やはり、今一度、店舗コンセプトと求める人材像を明確にすることこそが、最も大切なのではないか?

もし、そんなことまで考えるのが面倒なら、

自分一人でやって、一日当たりでどれだけ高い売上を作れるかどうか?高くしても来てもらえるだけの理由はどこにあるのか?を真剣に考えていく方が良いわけで、

 

というようなことを話していたら、「なるほど、そうですよねぇ。」とうまいこと言われながら(笑)、

いや、ちょっと待てよ、これは美容室だけじゃなくて、多くのサービス業や店舗ビジネスや、

私のようなお仕事をしている人全てにも言える根本的なビジネスモデルをどうするか?の話であるわけで、

今後、日本の社会は、雇用を前提としたビジネスモデルを考えるか、雇用を前提としないビジネスモデルを考えるか、のどちらかを迫られるのではないか?

だとしたら、それはもう、自分はどちらが好きか嫌いかの話になるんだろうな、

ということを頭に描いているうちに、カットが終わったので、会計を済ませて、店を出て(笑)、

気づいたら、当初、考えいた「果たして自分は何故髪の毛を切ろうとするのか?」という命題をすっかり忘れてしまっている自分がいて(笑)、

「まぁ、いいや、髪の毛切ってもらって、俺、カッコ良くなったんだから。」

と、一つのことをちゃんと集中して考えることなく、結論から逃げる自分を誤魔化すのでした(笑)。

 

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みんな、幸せになれればいいのになぁ

なんかね、時々なんだけど、フと無性に、

「みんな幸せになれればいいのにな。」

と思える時があります。

 

みんな、み〜んな、幸せになればいいのにな、って。

いつもはそんなことは思ってもいなくて、目の前のことを何とかこなしているような日々なのに、

落ち着いた時に、たくさんの人の顔が次々に浮かんでは消えて、フとそう思えてきて、

結局、そうは思っても何にもできない自分の無力さだけを噛み締めるに至って、不遜さと切なさだけが残るんだけど、

せめて、願うことくらいしかできないなら、

一年のうちにたまにしかない時なのだから、願うだけは心の底から願おうと。

 

現実的な色んなことを考えると、きっとそんなこと無理なのかも知れないけど、

色んなことがあって、色んな感情があるのだろうけど、

誰か幸せは、誰かの不幸せに繋がってしまうのかもしれないけど、

でも、せめて、願うだけは願うようにします。

 

どうか、みんな、み〜んな、み〜んな、幸せになりますように。

 

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