今日のお仕事は映画観賞から(笑)

今日のTOSBOI STUDIOでの業績アップ支援のお仕事は、

人生や経営においてよく出てくる一つの単語の意味合いを、

お相手と共有することを目的に、まずはこの映画の鑑賞から(笑)。

 

その単語が出てくる直接の場面は、ほんの数秒なので、そこだけ観てもらうつもりが、

それだと、意味合いを共有する主旨から外れるとも言えるので、あらすじ程度に最初からざっと観てもらうとしたら、

結局、全編を観ることに(笑)。

 

半日をかけて行う単独ミーティングは、こういうことができるから楽しいです(笑)。

 

たった一つのことを伝える為に、2時間使って別の何かで例えるというのは、片方で時間がかかって不効率とも言えますが、

逆に言うなら、他人とたった一つの言葉の共有認識を持つということは、多くの時間がかかるのが当然で、

それが2時間程度でできるなら、効率的とも言えますね。

 

発信力が高くて、話が面白くて、聞くことに価値があると思える人というのはいて、

どうして、そんな風にできるのだろう?と思って、よくよく観察したり、モノマネしているうちに、

一定の共通点があることに気づたりします。

 

「状況」や「出来事」を通して、一つの「気づき」や「主張」「メッセージ」を伝えたり、

相手の頭の中に「映像化」させる伝え方をしたり、

具体的でリアルな「会話」を盛り込んでいくことだったりするのですが、

映画というのは、そういう要素が全て含まれているとも言えるよなぁ、と観ながらにして改めて思うのでした。

 

この映画は名作とも言われるし、問題作とも言われているし、

観た人によって、評価は分かれると思うので、私も全ての人にオススメとは言い難い作品なのですが、

初めて観てワケが分からなかった20代の頃から、これまで何度も何度も見返すに至る代表的な映画の一つです。

 

観ている人の立ち位置や経験・年齢によって、あるいは観ている人の違いによって、

情報は一つなれど、様々な捉え方ができるというのが、

映画にせよ、芸術にせよ、名作と言われる由縁だとすれば、

この映画は私にとっては間違いなく名作であり、

それを70年代に分かっていた人は、芸術的センスがとても高かったのだろうなと思ったりします。

 

大して面白くもない国語や経営用語を、説教としてではなく、いかに面白く、なるほどなぁと伝えることができるか?

これが、発信力があるか・ないか?の大きな境目であると思っている私としては、

私もそういう伝え方ができるようになりたいと心から思うものの、

この文章を読む限り、できていないと自覚させられるに至るのでした(苦笑)。

 

まぁ、大好きで大切なお相手に、自分の好きなものを紹介して、

一つの言葉の価値観を共有できるというのは、こちらとしては(笑)とても嬉しいわけで、

それをお仕事として組み合わせられるとしたら、そんなに幸せなことはないわけで、

ここぞとばかりに出して、その意図をあたかも学び多きことのように説明できる為にも(笑)、

心のストックは増やしておいた方がいいわけだから、

映画はもちろんのこと、古きも新しきも名作と言われる芸術・文化・をたくさんたくさん観て触れようと思うのでした。

 

要するに、遊んでいそうなことを、うまいこと言って正当化していると見られるとも言えるわけで(笑)、

おぉ、そうだ、このブログで伝えたい気づきやメッセージは

「遊びはビジネスにおいて正当である」

(笑)。

 

後付けバリバリながら、何とかケリつけました(笑)。

まぁ、まだこの程度ということですね(苦笑)。

 

経営力を磨くにはいかに遊ぶかだな(苦笑)。
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口で言うほど本気じゃないのさ(苦笑)

スゲェ細い人形がいたので、横に立ってみたら、

思っていた以上に自分の姿が不細工でした(苦笑)。

 

レザージャケットがスパーンっとカッコ良く似合うように少しは痩せたい、と本気で思い、どんなに口では言っていても、

結局のところデヴなら、デヴはデヴです(苦笑)。

 

思っているだけ、口で言っているだけで、痩せるだけの行動を実際にしていないからですね(苦笑)。

 

じゃあ、本気で思っていないのか?と改めて問われれば、やはり、

「いや、これでも、本気で痩せたいと思ってはいるんですよぉ。」

とか何とか一応口では答えるのでしょうね(苦笑)。

 

そう答えながら、不規則に食べたいだけバクバク食べて(苦笑)、

甘いモノをポンポン口の中に放り込んで(苦笑)、

アイスコーヒーにミルクとシロップどばどば入れて飲んで(苦笑)、

夜はピーナッツとお菓子をボリボリ食べて(苦笑)、

運動など絶対にしない(苦笑)、

という怠惰で変わらぬ日常を送って(苦笑)、

そして、

「あぁ、何とか痩せられたらなぁ。」

と本気で思うわけです(苦笑)。

 

それを見て、

「えぇ、だから、あなたは本気で痩せようとは思ってなどいないのです。」

と誰かに残酷な現実を突きつけられて(笑)、

多少反省したり、腹を立てたり、不機嫌になったり、落ち込んだり、悩んだりして、

夜寝て、忘れて、また次の日から、変わらぬ同じ毎日を過ごすわけですね(笑)。

 

我ながら断言できますが、私は変わりませんね(笑)。

 

体型にせよ、業績にせよ、自分の生き方にせよ、

「このままではいけない、変えなきゃ、変わらなきゃ、変わりたい。」

と本気で思いながら、本気だと口にしながら、こうしてブログやSNSで書いて、私は変わるべく行動していると他人に伝えて、

私のように、そういう人はゴマンといるのでしょうが(苦笑)、

結果が着いてこない場合は、自分は変化に対して直接関わる行動は何一つしていなかったんだな、と認識した方が健全なのだろうと思います。

 

毎日、変わらぬ同じ人達と一緒にいて、大して変わらぬ場所に行き、「変わらなきゃね」と伝え合い、頑張るぞと決意し、

そして、実際の行動はそれまでと変わらない(笑)。

そういう日々を送りながら、変わるのか?というと、変わるわけがないわけで、

実際に変わるというのは、余程のことがない限り、そういうものなのだろうと思うのです。

 

私は、廃業経験がありますが、当時は当時で必死で変わるべく努力していた自負はあるものの、

本当に業績回復するだけの、適切で効率的な努力を行動していたのか?と、今改めて考えると、はなはだ疑問と言えます。

というか、結果的に廃業しているわけだから、正確には「行動していなかった」ということになるのでしょう。

そうやって、頭で分かっているつもりでも、行動していなかったと認めたくない感情はどこそにあって、

「いや、本気で業績を上げようとしていたし、その為の行動はしていた。」

と公には言いたくなる、という気持ちはあるわけです。

 

頭ではよくよく分かっていても、感情的にはまだ認めたくないということになるわけで、

それほどまでに「変わったか、変わらなかった」かの自覚というのは難しいことだろうな、と思うのです。

 

私が変わったことがあるとしたら、それは恐らく、

「変わろうと自分で意図した時」

ではなく、

「変わらざるを得ない環境に立たされた時」

だったのではないか?と思います。

変わらざるを得ない時というのは、慣れるまでは、何らかの我慢や激痛に耐えざるを得なかったりするわけで、

そういう経験があるからか、私は基本的には変わるのは嫌いだと自覚しているし、他人もまぁそういうもんなんだろうと思っています。

人は、変化はしたいと思いながらも、変化を嫌うという生き物なのではないかと。

 

変わりたいと思っていても、仮にそれが本気であるとしても、

自分一人ではなかなか変わることはできないのだろうなぁ、と思います。

自分で変わろうとして動いているうちは、まだ自分の範囲なわけで、

自分の範囲ということは、それまでの自分が選択しているので、

それまでの自分と何ら変わっていないから、変わるわけがない、ということですね。

 

ということは、変わらずを得ないほどの環境に敢えて身を置くか、

あるいは、自分以外の、実績を持った誰かの価値観や方法論に一定期間を矯正されるしかないのだろうから、

そんな面倒で嫌なことまでしなきゃいけないなら、まぁ変わらなきゃいいや、となるわけで(笑)、

なので、私は、このまま変わらないと断言できるわけですね(苦笑)。

 

それなら、いちいち書かなきゃいいじゃねーか?となってしまうので、

いや、違う、こうして自分を追い込みながら、ツヴォイはやっぱり本気だったんだ、と結果で証明してやろう、

目論んでいるのだ、ということにしておきましょう(苦笑)。

 

変わらんな(苦笑)。
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「原理原則」と「独自性」を組み合わせる

2人のサンタさんがいて、真ん中に立ったらグラデーションのイメージになるかと写真を撮ってもらっていたら、

単なるアホポーズをとっているオッさん全開で、写真待ちの人達に笑われました(苦笑)。

私としては、片方の軸と、片方の軸が融合するようなイメージにしかったんですけどね(苦笑)。

 

これからのビジネスにおける独自性とは何か?について、

経営者やビジネスリーダーの方達からよくご相談をお受けするし、

私の講演やセミナーのテーマとしてお伝えすることがあります。

 

間違ってはいけないのは、「独自性」ではなく「ビジネスにおける独自性」ということです。

そこをわざわざ認識しておかないと、ビジネスが前提であるはずなのに、

独自性はあるけど、ビジネスは成立しないというジレンマが起こる場合があります。

 

仮に、片方の「独自性」ということだけなら、本来、人というのは、同じ人はいなくて、

もともと自分だけなのですから、生まれつき独自性を持っています。

だから、生きているだけで「独自性」があると言えます。

でも、どんなに独自性があっても、小さな子供にはビジネスはできません。

この時代のビジネスにおいて、独自性は必須なれど、独自性だけではビジネスは成立しないという私の考えはここにあります。

 

 

もう片方で、「ビジネス」には原理原則があります。

言い換えれば、不変の法則の「型」とも言えます。

不変なので、好きだろうと嫌いだろうと、どうしたくとも、変えようがありません。

誰もが同じ土俵・ステージの上ということですから、独自性がある・ないに関わらず、まずは知らねばなりません。

 

例えば、「粗利額−経費=利益」ということは変えようがない算式だし、

粗利額を上げるには、売上を上げるか、粗利率を上げるしか手がないし、

売上を上げるには、客数を上げるか、客単価を上げるか、購買頻度を上げるしか手がありません。

 

あるいは、事業や商品の需要と供給のバランスいかんによって、

どんなに努力しても効果が出ない場合もあるし、何もしていなくても一定期間の実績が上がることもあります。

 

これらのいくつかを、一つ一つ丁寧に分析していって、ピンポイントで具体的な手を打ったり、情報発信をした結果、業績が回復したという例は結構あります。

 

ところが、これは、調べることそのものが時間を要して結構面倒くさかったり、分かったところでやりたくなかったり、好き・嫌いだったり、行動パターンを変えるのが最大障壁だったり、

そういう個人の特性によって、最大効率をあえて無視して、どれをやって、どれをやらないかという選択は起こります。

こういうことは往々にしてあるわけですが、でも、それがダメなのか?というと、

私は、それが人間とも言えると思うし、それが当たり前だとも思うのです。

要は、人は、結局のところ自分の好きなようにしか動かないのではないか?と思うのですね。

 

だから、経営者やリーダーの特性やキャラクターをよくよく見て、知って、

どうしていくか?どんな具体的な一手をうっていくか?

という打ち合わせはとても大切だと思っています。

 

少人数の会社ならまだしも、多くのスタッフがいる会社で、この前提となる枠組みがないのに、無責任に「好きなようにやれ。」と言うと無茶苦茶になります。

好きなようにしたら、ある意味、独自性は生まれるわけですが、

それで、業績が上がるかどうかは全く分かりません。

 

「アホ」と「アホのように見える」のは違うし、

「カッコいい」と「カッコよく見える」のは違うように、

「好きにやっている」のと、「好きにやっているように見える」のは全然違います。

 

継続して実績を上げている人や会社というのは、「○○のように見えている」だけで、

話をよくよく聞いてみると、原理原則をしっかり押さえた上で、「○○」という独自性を出しています。

 

そう考えると、「ビジネスにおける独自性」というのは、

① ビジネスの原理原則の軸

② 独自性の軸

という二つの軸の組み合わせであり、編集であるとも言えます。

それが「自分らしいビジネス」ということになるのでしょう。

 

ただ、講演やセミナーでは、①はほとんどお話できませんね。

一定期間が必要です。

 

基本を時間をかけて進めながら、積み重ねていく過程の中で、見えてくる手はいくつも出てきます。

 

「ビジネスにおける独自性」というのは、ないものを見つけにいくことではなく、ビジネスの原理原則を理解し、進めていく中で、

人がやっていれば、自然と出てくるものなのかも知れません。

この順序を間違えて継続的に成果を出すことはほとんど稀でしょう。

 

面倒なのは、「独自性」を謳うまともな発信者は、この「原理原則」を前提にしていることです。

前提が故に、それを言わないことなんですね。

だから、単なる独自性なのか、ビジネスにおける独自性なのか、聞いてる方は、見分けがつかなかったりします。

私も、時間が限られた講演やセミナーでは、知識ベースの話はほとんど話せません。

故に、受け手によって、勘違いが起きる可能性は十分考えられるわけです。

 

そんなわけで、一定期間を通して、少人数制で、「原理原則」と「独自性」の編集をかけながら、

一社一社、その人に合った有効な独自性を創り上げていけるような年間プログラムができないかと、

実は考えて準備したりしているところです。

この一年、ずっとそんなことを考えていたりします。

 

実験できそうになったらまた告知してみますからね。

 

ということを、2人のサンタさんを、2つの軸に例えて、

私が組み合わせしているように見える画像にしたかったわけですが、

これは、単なる「アホ」にしかならなかったというわけでした(苦笑)。

 

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