「他人の目を気にしない」ことなどできるのか?
ハンバーガーと言えば、テンガロンハットだろ(笑)、
というわけで、こういう時の為だけに、わざわざテンガロンハットを用意するというのは、
果たして、それを本人は、個性というのかも知れんが、
はたから見たら、滑稽とも変な人とも言えるわけで(苦笑)、
大体、ベレー帽に7分丈のボーダーシャツ着て、その気になってフランス行くと指さされて笑われるみたいな話聞くし(笑)、
(実際、そんなフランス人は、パリにもモナコにもボルドーにもサンテミリオンにも、一人もいなかったもんな(笑))
アメリカと言えばハンバーガーで、アメリカと言えばテキサスで、テキサスと言えばカウボーイで、カウボーイと言えはテンガロンハットだろ、なんていう一方的幻想は、
日本に来た欧米人が、ちょんまげしてたり(笑)、芸者と同じ髪型にする(笑)のと同じなんじゃねーのか?と思うと、
外見から入る程度の本人曰く個性というのは、他人から見たら滑稽としか思われんわけで(笑)、
でも、だとしても、そんなもんは個人の価値観なんだから勝手だろ、と言えばそうなるわけで(笑)、
問題は、プライベートにおいては、「本人は個性で他人からは滑稽」を自覚できている上で、他人から何と言われようが、
そんなもんは、どこまでいっても個人の価値観という領域を越えることはできないので、
「知らんがな、そっちからしたらこっちは滑稽なれど、
同様に、こっちからしたらそっちは同じくらいに滑稽なんだし、
そもそもどんなに外見を整えたところで、生まれつき不細工は不細工なんだから無駄な抵抗したところで、大して変わりゃしねーんだよ。」
(苦笑)
とばかりに好き勝手やればいいのだろうけど(笑)、
ただし、ビジネスにおいてとなると、話はちょっと変わってきて、
どこまでいってもビジネスである以上、一定数の他人という存在からの投票がなければビジネスそのものが成立しないのだから、
客単価を前提とした一定数からの支持を得る為には、
少々無理をしてでも、他人から気に入られる為の自分というものを演じねばならないというのは、当然で、当たり前で、
イコール、ビジネスというのは、他人からの評価を気にすることこそが前提となります。
かと言って、まるで他人と見分けのつかないような存在になると、埋もれてしまって、選ばれにくくなるという現実もあるのだから、
そうなると、どこで自分というキャラクターを知ってもらうか?ということになって、
少々の滑稽は覚悟して、アウトプットしていかねばならなくなるという(笑)、
これじゃまるで映画「魔王の迷宮」並のラビリンスに入り込むわけですね(笑)。
こうなると、もう、プライベートがコスプレよろしく演じているのか、
ビジネスが他人に気に入られる為に演じているのか、
どっちがどっちだか良く分からないというのが、私の今のところの結論であって、
だから、外見において「もっと自分らしく」だの、「私はらしさがどうだ」こうだなんてのは、
私などが言うこと自体、不毛な主張になるということですね(笑)。
というわけで、そういう意味での「個性と滑稽」は隣り合わせで同義であることを考えれば、
ただ食べてりゃいいものを、テンガロンハットなどを被っては、
やれ気分が上がるだの、ちょっとしたことで個性を出そうだの、毎日の楽しさが大事だの、
そういうことを言わんとしていること自体が滑稽極まりないわけで(笑)、
何が言いたいかと言うと、自撮りした画像を見たら、なんて滑稽なんだよ!と、
自分で自分に思ったというわけです(笑)。
他人の目を気にしない、とはよく聞きますが、それは社会活動をしている以上、
他人の目を意識しないということはできないわけで、
そういう意味では、私は他人の目しか意識していませんね(苦笑)。
本当に他人の目を意識していない人というのは、社会不適合者とみなされるのだろうし、
本当に他人の目を意識しない生活をしたいのであれば、恐らくは、無人島で暮らすしかないのではないか?
と、究極的にはそうなるのでしょう。
と、まぁ、滑稽さを客観視するほどに思うのでした(苦笑)。