「株式上場」後、「無職」の10年で気づけた大切なこと

何の商品力もない「無職の男」の見様見真似の10年

最近、とっても大事なことに気づいたんです。

2013年の「株式上場」経験後、この10年、私は、ご縁を頂いている方達の経営の業績アップや、事業戦略や新規事業開発のご相談、

あるいは問題・課題解決のアシストをさせて頂いてきましたが、

当時は、その専門たる定型のフォーマットを持っていませんでした。

 

そもそも、経営の第一線の経験はあるものの、経営コンサルタントやセミナー講師の専門的な知識も経験もあるわけではなく、

それを仕事にしようとしていたわけではありません。

だから、業績アップや事業戦略や新規事業開発といった経営セミナーや講演や、コンサルティングの依頼を受けて、相当に戸惑いました。

戸惑いながらも、ご依頼を頂き、お受けしたからには、全力でやらせて頂いた自負は持っています。

極めて後発の仕事ながら、ご縁にご縁を頂きながら、やりながら、気が付けば10年が経ってしまいました。

記憶のない「廃業~上場」への10年

そして、相変わらず、定型のフォーマットや仕組みはありません。

途中、何度も、お金を頂くプロとしてやっているのなら、ちゃんと纏めて、誰でも使えるフォーマットにしていかないと、とは思いましたが、できていません。

正直に言うと、「廃業から上場」への10年、

必死になって、色んなことをやってきたのだけど、

いざ纏めようとすると、何をどうやっていたのか、まるで思い出せないのです。

一日も欠かさず、何から何までやっていたはずなのに、一つ一つを憶えていないくらいに、

今思えば、信じられないくらいに、きっと無茶苦茶というか異常な期間だったのではないか?と思います。

どこで何をやっていた、とか、どこで寝たとか、そういう記憶すら、なんとなくの映像はあるものの、曖昧なのです。

当時、幼少だった子供達との記憶もほとんどなく、ごめんね、と、やっと今になって思っています(苦笑)。

「できないことができるようになる」ギャップの価値

私の場合

「できる人がやっていたからできた」

のではなく、

「まるでできない人ができるようになってできた」

ということなのでしょう。

何しろ

「廃業から10年で上場」

なんてのは、「0から+」のギャップどころか、「-から+」なわけで、

今思うと、きっと、とんでもない異常とも言える期間だったのだろうと思います。

自分ではいたって普通のつもりでしたし、当然、グダグダの自分しか認識できていませんでしたが、

当時からずっと定期的に会っていた経営者勉強会の友人が、

「あの時のツヴォイさんは、何というか、近寄りがたいような異常な雰囲気でしたよ・・・。」

と、今になって言われたりしますね。

価値はどこに宿っているのか

だから、「必死で色々やった」という感情的な記憶があるだけで、「何をどうした」という具体的な知識と行動の一つ一つの記憶がまるでなく、

ないから、纏めたり、編集して、定型の形にすることができない、というのが私の認識です。

 

ところが、この10年もまた、他人様の経営やビジネスという、

様々な新鮮なご依頼や相談や問題・課題の解決という、

「やってないことをやっていく」

ことになり、それなりに必死で(やる時だけは(笑))やってきたわけで、その中で気づくことがありました。

経験により脳と体に叩きこまれて染みついた価値

私には顕在的な記憶がまるでないのに、相手の具体的な相談内容や問題や課題が目の前に現れると、

それまで、グダグダでダラダラで何もやる気がなかったのに、

突然スイッチが入ったように、

まるでDVDの映像のように、明確に克明に、当時の記憶も感情も蘇り、当時の知識と経験も蘇り、

火が付いたように速射砲のように、解決や打開に向けて、一気に喋りまくる自分がいたりします。

(お相手はたまったもんじゃないかと思うわけで、いつもごめんなさい(苦笑)。)

 

要するに完全カスタムですね。

人には一つづつの人生と経営があります。

それぞれに、才能も能力も価値観もあります。

相手の状況や、目的や目標や現状に対して、格納されている、一番適切と思える引き出しを開けるわけですから、

なんか知らんけどフォーマットみたいなもんはあるんだろうけど、

相手によって引き出しの場所とか順番が変わってんだろうな。

 

そうか、そういうことか、

きっと、実践で身に付いた知識と経験というのは、きっとこういうことなんだろうな、

ということです。

人前に出る時は、何をどうしたらいいのか分からずに、出るだけ出て、

でも、その時その時を何とか形にすることができてきた、ということは、

身体と脳に叩きこまれて、刻み込まれてしまうだけの、理屈では説明しきれない経験があったということなんだろうな、と思っています。

きっと、これが「本物」とか「実力」とか、そういうことと思い込んでいいのではないか?と(笑)。

だって、そうじゃないと、「無職」というこの職業は(笑)、この混沌とした10年は続けられていないと思うのです。

気がつけた何より大切なもの

なんか必死でやっただけで、何も身についていなくて、案の定、無能な自分・・・・としか認識できていませんでしたが、

そうか、ホントはちゃんと身に付いていたのかも知れないな、良かったじゃんオレ・・・・・、

ということに、あれからまた10年経って、気が付いたということですね(笑)。

うん、あの時頑張ってきといて良かったじゃん、オレ(笑)。

 

要するに、私はこの10年をかけて、あの「廃業~上場」への10年を、やっと自己承認できたということかも知れません。

思えば、10年前に、株式上場した時に、

その前の家業廃業に至る10年を自己承認できたものでした。

あの時もそうでしたね。

そういう意味では、廃業という結果に終わった、そのまた前の10年の家業継承期も、大きな価値を積み重ねていたということになりますね。

 

人はそうやって、自分という存在を積み重ねて、認識できていくものなのかも知れませんね。

だからね、あなたも私も、とりあえず、何がどうあれ、とりあえず頑張っていていいと思うのです。

頑張れ、あなた。頑張れ、自分。

とりあえず、安心して頑張ってていいよ、あなたも自分も。

無責任ながら、このブログ読んでてくれる人は、絶対、大丈夫(笑)。

元10年と、前10年と、現10年で得た自分の価値

そうか・・・・・、今日は2023年2月12日、

あと2日で、10前に「株式上場」の鐘を鳴らせてもらえた日、

あれから、もう10年経つんだな。

あれから、また10年経っちゃったんだな・・・・。

 

この10年の活動の中、関わって頂いた皆さんのお陰で、

私は、きっと自信を持って、喜んで、人様の経営に関わるご相談を受けられるようになったということだと思います。

2年前に胃ガンが発覚して、胃を2/3切りました。

大したことはなかったものの、病名が病名だっただけに、一応、死は覚悟しました。

その後は、胃は順調ながら、手術後には喉の調子がとても悪くなりました。

今は変わらずに、ベラベラと喋りまくってはいますが、

一応、いつか声がでなくなることも覚悟し始めました。

だから、使えるうちにできるだけ、人様に役立てるように使い切りたいという想いも出てきています。

次の10年を誰に何に使うのか

誰の為に使うのか。

もし、私の人生の何かが、誰かの経営のお役に立つのなら、

自信をもって、喜んで、徹底的に使ってやろうと思っています。

使い切る前に、私で良かったら、何でも相談して下さい。

全力で、これまでの知識も経験も声も、全て使い切らせて下さい(笑)。

いつか無くなることが分かってきただけに、ここからは徹底的に使い切って、すなわち、売り込んでいってやろうかと(笑)目論んでいます。

これからの10年の指針になっていきそうです。

「ツヴォイ式・経営何でも出たとこ相談所」

の開設が近いかも知れません(笑)。

楽しみです(笑)。

ご予約はお早めに(笑)。

 

次の10年に向かいます。
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