雨の日と出生とオーバースペックの相関関係(笑)

最近は、仕事でもプライベートでも、「しっかり外出」はほぼないんだけど、

たまに、しっかり外出する時に限って、何で雨なんだろう?(苦笑)

ここ最近の1ヶ月でいったら、2/2で100%の確率だな(笑)。

まぁ、いいや、もともと傘屋の息子だし、

雨の日用の、オーバースペック過ぎるファイヤーマンコートが着れるしな(笑)。

というわけで、雨の日も、無理矢理(笑)楽しく行ってきます。

 

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「選ばれる人」から知る「選ばれない自分」の現実(苦笑)

「選ばれる人」と「選ばれない人」

がいて、

ビジネスの世界で成果を出すには、「選ばれる人」になる一択となるわけで、

じゃあ、どう言う人が選ばれているかを、

実際に選ばれている人をよくよく観察していくと、

①選ばれる=他人からの依頼がある

②そのリターンがある=お金が入る

の2つが同時に必須であることが見えてきます。

 

依頼というのは、例えば、

人から、会いたいと言われたり、何かを頼まれたり、お願いされたりする機会が多いことで、

そうなる為の、才能や能力や容姿や年齢や性格とかを持っていて、その存在を他人が知っている、

ということが前提になりますね。

 

要は、社会の誰かにとって、何らか都合が良かったり、メリットがないと、最初のスタートラインにも立てないわけで、

それを綺麗な言葉で言えば

「人に役立つ」

ということになるのでしょう。

 

私は、何かをする時に、誰を選びたいか?と言えば、

煎じ詰めれば、自分がやりたいことにとって、都合の良い人を選ぼうとします。

言い方は悪いだろうけど、恐らくは誰もが同じだと思っています。

 

次に、ここが重要なのですが、ビジネスである以上、

①の依頼に対して、依頼者がお金を払わないと、ビジネスとしては成立しないということです。

 

才能も能力も、人に役立つ精神も持っているのに、何故か、豊かにならないとしたら、

それは、周りの人がブラックホールのように奪うだけの人達が多いということになるでしょう。

もし、そういう環境だとしたら、とっとと抜けた方がいいですね。

上手いこと言って、都合の良い依頼だけしておいて、何も出さない人が周りに多いと、奪われて終わりです。

 

言い換えれば、

ビジネスを前提として、選ばれる存在になりたければ、

お金を払う意思を持った誰かにとっての、

何らかにおいて、都合の良い自分になるということでもありますね。

 

ビジネスを前提とするなら、

目標金額に対して、何人の都合の良い自分になるのか?というのはとても大事な設計であり、

よって、何人の役に立てるのか?=客数と、客単価という二つの概念は、とても重要です。

ここの根本が分かっていない人は、社会的立場がどうあれ、ビジネスは上手くいかないと思っています。

 

ここまで書いてきて、なぜ自分が選ばれないか?ということが分かってきます(苦笑)。

そもそも、自分さえ良ければ、他人はどうでもいい、なんていう考えで生きているし(苦笑)、

そんなんだから、地球上のほとんど誰の役にも立っていないか、誰かから役立つ人と認識されていない、

というスタートラインにすら立てていない、ということですね(苦笑)。

仕方ないので、せめて、自分で自分を選択することだけは諦めずしておこうと思っています(笑)。

残りの人生、せめて人に役立てる人になる努力だけはします(苦笑)。

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「極み」とはアホの連続性なのか?(笑)

1980年代、私がまだ大学生だったころ、東京の喧騒にまみれながら、

「スティーブ・マックイーン 」の映画や、

「アメリカン・グラフティ」「グリース」をはじめとするアメリカ映画に影響されて、

本番のアメリカ衣料のカッコ良さに憧れては、

レザージャケット・ジーンズ・スニーカーやブーツと、コスプレのごとく、その世界に、のめり込んでいきます。

 

巷は、DCブランド全盛期で、いかにもファッションというものは、「=オシャレ=モテる」の構図でしたが、

私は、それよりも、安く買えるアメリカ古着や、映画に出てくるようなバリバリのアメリカ衣料をあさりに、上野・原宿・渋谷を毎日のように徘徊します。

(故にモテなかったのか?という言い訳にも使える(笑)。)

 

中でも、「スタジャン」

(スタジアム・ジャンパーの略だけど、そもそもこれは和製英語)

のシニール(ワッペン)ベタベタの、いかにもバタ臭さ満載の魅力は、私にとっては、とても輝いて見えて、際立っていました。

 

故に、当時の私の夢は、アメリカのスポーツ選手の青春が一杯詰まったような、世界中のスタジャンを全部集めることでした(笑)。

まぁ、そんなアホなことは本気では考えていなかっただろうし、

こんな夢は、自分が50歳過ぎた大人になった時には、若き日の新鮮でアホな思い出として懐かしむんだろうな、と思っていましたが・・・・・・・、

 

60歳に手が届きそうな今、同じようにアホなことを嬉々として40年近くコツコツと続けているアホ丸出しの自分がいました(笑)。

 

あなたがずっと続けていることは何ですか?と聞かれたときに、まともなことは何一つありませんが、

こういうアホ丸出しの象徴のようなことは、こうしてずっと続けてしまっているんだな、と、

今でもスタジャンを見ると心トキメク自分に思います(苦笑)。

 

「極み」とは何か?を考えた時、

それは、一般の物差しではとても測れないような、

はたから見ればアホ丸出しとしか思えないようなこと、ではないのか?

と、他人には思うことはあって(笑)、

私にとっては、もしかしたら、こういうことなのかも知れない、と肯定的に捉えることにします(笑)。

あぁ、世界中の当時のスタジャンが欲しい(笑)。

 

 

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