クリスマスから学ぶ経済学②『人に言うなら、まず自分でやれよ』(苦笑)

「サンタさん、クリスマスの日には、どうかプレゼントを持ってきて下さい。」

と、最初は、依頼やお願いという謙虚な立場でお願いしておいて、それを一回でも相手がしてくれると、いつの間にか、

やれ、

「サンタクロースなら、クリスマスの日にプレゼントするのは当たり前だ。」

だの、

「サンタクロースなのだから、子供の夢を叶えるべきだ。」

だの、いつの間にか、自分がやって欲しいことを、

さも美麗語句として合っているかような言い回しで、

自分はなにもせず、他人の労力や命を使って当たり前を前提とする、

私のようなウスラ馬鹿がいたら(苦笑)、

もし、私がサンタクロース側なら、

「じゃあ、自分でサロンクロースやって、ご立派な行為を延々としてりゃいいだろ。

なんで、ロクな報酬もない事を、私がいつまでもやってなきゃいかんのですか?

一人で勝手にずっとやってりゃいいだろ。

私が君に与え続けるだけの理由が君にはないのだよ。

そもそも君は他人から選ばれてもいないし、何の依頼もされてない無能だろが。」

と言って関係を断ちます(苦笑)。

だから、私にはサンタさんは来てくれないのか、と、分かってきました(苦笑)。

もし、今年も来てくれなかったら、せめて、自分で自分にだけは、自分サンタさんになれる訓練だけは始めようと思います(笑)。

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「いざ」という時の、肝心の「いざ」の相手はいるのか?(苦笑)

日頃はどんなグダグダで適当なライフスタイルだとしても、

いざという時には、大切な人を、サラリと素敵にエスコートできる所作とマナーは身につけて、

そこいら辺の奴とは一味違うぜ、となるのが憧れだけど、

肝心の「いざ」の相手がいないので、いまだに何も身についていない(苦笑)。

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クリスマスから学ぶ経済学①『「誰とでも」の延長は、結局「誰」に絞り込まれる』(苦笑)

スマホとSNSの普及で、世界中の誰とでも繋がれることも、その人を知ることも可能になった。

と、ここまでの可能性は分かる。

なのに、今一番気になっている「この人」が、そろそろ出発してくれたかどうかだけが、どうしても分からない(笑)。

普及して、成熟すると、結局のところ、「誰でも」から、自分にとっての「誰」に絞り込まれる経済の原則論を、

私は、勉強ではなく、クリスマスが近くなった、この当たりの日から毎年学びます(笑)。

世界中の人となんて、面倒くさいだけだから、繋がらなくていい(笑)。たった一人、あなただけのことが知れれば、私はそれでいい(笑)。

結局のところ、

①「誰」にとっての「誰」になるかと、

②その人数と、

③一人当たりの単価と、

④合計で、自分はいくら欲しいのかの目標額

で、何で、何をやるのか、の設計は決まるのである(苦笑)。

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