憧れと絶望のファッション哲学・78「グレイトフルデッド・MA-1」


偶然か必然か、満月だからか(笑)、
なんでこんなに疲れてて眠たいんだろう?と思って、よくよく考えたら、
早朝に一件・午前中に一件・夕方に一件・夜に一件・深夜に一件と、
音声のみと、リアルと、zoomで、「初めて・久しぶり・通常」という方々、総勢25名以上の方と、
それぞれ違う目的で、ホスト・ゲストの立ち位置で、それぞれ15分~3時間に至る、対話や会話を、ろくすっぼ睡眠もとらずにしていたことに気づいた(笑)。
何で、今日一日でこうなったのかの経緯は別として、
久しぶりの圧倒的疲労感と共に、
そりゃ、これだけの数の人と毎日のように関わっていれば、
人間という存在を学んだり、社会の現実をリアルに体感したり、人という集落の中で自分の存在が見えて来るわな、とか、
人として学んだり、成長や変化し続けるわな、と曖昧に思うのでした。
久しぶりの感覚ということは、20代~50歳あたりまでは、私の日常と言うのは、そういう日々の連続だったわけで、
その上で、ほとんどの失敗と、自他ともに認められるくらいの些細な成果という結果なのだから、
やっぱり、やるだけやったところで、ほんとんどは成果になど繋がらない確率と、「結局は運でしょ」と考えると、
やっぱり、私は、ダラダラと自分だけが楽して暮らすことを本気でやろう、その為だったらどんな苦労も買って出よう(笑)、
という理解し難いがたい、矛盾で不遜なことを思うのでした(笑)。
ということを考えていたら、「グレイトフルデッド」の混沌としながらも斬新なビジネスモデルが頭をよぎったので、
グレイトフルデッドのカスタムモデルのMA-1(笑)。
何か知らんけど、人にまみれて頑張る皆さん、今日も一日、お疲れさまでした(笑)。
どうしようもないことは、どうしようもないのだから、どうしようもない(苦笑)
外見も内面も、自分を客観視できるメタ認知の力はとても大切だと思うけれど、
じゃあ、それができるか?というとなかなかできなくて、
だから人の視点は必要ということになるのだろうけど、
本当に思っていることを、ズケズケと言う人がいるかというと、それも分からないし、
また、その人の視点が正しいかどうかの判断もはなはだ疑問だったりするし、
認めてもいない、大きなお世話だけの人から、無責任にとやかく言われても、面倒くさいだけなので、
結局は、結果を見て自己判断するしかないということになる。
その結果と言うのは、自分の想定している、「どんな人と何人」という値に対してどうなのか?という、
(自分にとって都合の良いと思える人の)そもそもの目標値との対比になるので、
目標値が明確でないのに、自分という存在を憂いたところで、どうしようもなく、
だから、好き勝手にやってりゃいいか、と割り切って、言いたいこと言って、やりたいことやってると、
人は離れていく(笑)。
そういうことって、認識次第でどうとでもなるということになって、どうしようもないのだから、どうしようもない(苦笑)。
