誰からも相手にされない時の対処法(笑)
誰からも相手にされなくて、誰も自分の話を聞いてくれなくて、何とかしたかったら、
誰かを捕まえようとするのは、迷惑だから、
一人で勝手に鏡に向かって自分と話して、
それでも話し足りなかったら、家に等身大の鏡を用意して、
気が済むまで、ずっと自分に話続けてればいい(笑)。
そうか、私が、気が付くと独り言が多いのは、誰も相手にしてくれないからなんだな(笑)。
自分の消化しきれない勝手な感情を、他人様に迷惑かけるどころか、やみくもに命を奪うのは良くない(笑)。
しかし、人間の持つ「共感して欲しい」本能が行き過ぎて、理性で抑えられない人の迷惑行為は何とかならんもんかねぇ(苦笑)。
憧れと絶望のファッション哲学・80「A-2」

興味のない人からしたら、一塊の同じにしか見えない対象でも、
本人にしてみたら、全くちがう対象として認識していて、
かつ、その違いを克明に解説・説明できる領域、
例えば、この衣料品で言うなら、
素材・デザイン・パターン・縫製・パーツ・背景・歴史・その他モロモロのどうでもいい細かい情報まで、
相手が「もういい」というところまで無限に喋り出す領域を、
「解像度が高い」「情報量が多い」「徹底的」「詳しい」「プロ並み」「コダワリ」「得意分野」「偏愛」等の言葉として、人は認識・評価するのだけど、
問題は、それが、一体何の役立つかどうかなんだけどな(苦笑)。
ほとんど全ての解像度の高い説明は、
「だから何なんだ。」
と他人に言われしまえばそれまで、という悲しい宿命を持っている(笑)。
人の事を心配する前に、誰よりも自分を心配した方がいい(苦笑)
「それは間違っている。」「そんなんじゃダメだ。」「そのやり方は違う。」「君はもっとこうすべきだ。」「お前のことを思って言ってるんだ。」
人は、他人に貢献することによって、自分には価値があると自覚したい本能や、自分が満たされたい欲求や、自分が有能と認められたい泥沼から抜け出すことはできないのか?
「他人の事はいいから、世界中で自分の事一番心配しろよ。」
ほとんどの人はこれに当てはまる(笑)。
私など、その権化だから、だから、私は、他人のことを心配する余裕などないし、どうでもいい(笑)。
「実績のない奴は喋るな。」
「頼まれてもいないのに教えたいなら、私に教えさせてくださいと頭を下げて頼め。」
「自分を満たすために他人を道具のように使うな。」
「周りがそんなにバカだと思うなら、とっとと縁を切って一人でやれ。」
以前、随所で受けた、あまりに痛烈で痛快で残酷で正しく、故に言わない言葉が胸に突き刺さっている。