勉強が大嫌いな人の勉強法はあるのか?(笑)
3月5日に、2年ぶりにオープンの場でセミナーをさせて頂いた時の画像です。
この2年、私なりに実践に基づく勉強はしてきたつもりですが、
改めてこういう場を与えて頂いて思うのは、自分に対する勉強不足という実感でした。
限られた状況下で、出せる力の全ては出させて頂いた自負はあるわけで、
その達成感はありますが、達成感とは別に、まだ勉強が足りていないという実感も残った次第です。
一体いつまで勉強しなきゃいかんのですかね?(苦笑)
そもそも「勉強」とは何か?、
特に「経営の勉強」とはなんぞやとなるわけですが、
私は、経営というのは、大雑把に言うと、うまく行ってる時は何やってもうまく行くものだと思っていて、
勉強していても、していなくても、うまく行く時は、うまくいってしまうものだから、
そういう時は特に勉強なんてしなくても、目的達成してしまうのだから、
しなくてもいいと言えばいいとも言えるわけです。
問題は、うまく行かなくなった時に、
慌てて、いざ問題解決しようと思ってもうまくいかないものだと思っていて、
ということは、
うまく行っている時より、うまく行かなくなった時の担保として、
勉強しておく、ということになるのだと思っています。
ところが、これがまた難しく、何が難しいというと、
うまく行ってる時は、
「忙しいから勉強する時間がなくて・・・」
となって、
うまく行ってない時は、
「勉強してる余裕なんて時間はなくて、今のこと必死でやらないと・・・」
となるわけで(笑)、
じゃあ、いつ勉強すんだぁよ、ということになる。
逆説的に言うと、
結局、勉強する奴は、いつでもどこでも勉強して、
いざ実践となった時にには「型」に基づいて効率的な努力をするわけで、
勉強しねー人は、結局やらないから、
そうやって、どんどん違いが生まれて、それはもう、いつしか圧倒的な差になって、
気づいた時にはもう取り返しのつかない状況になってしまってるんだろうな、と思うのです。
そういうことを、口で言うのは簡単なのだろうけど、
一日、それなりに働いて、今日の仕事が終わってから、
それでもまた、さらにそこから勉強の時間に充てるなんつぅことができるか?っつーと、
私にはなかなかできまへん、というのが本音だったりするわけで、
じゃあ、どうするか?というと、残る手としては2つ。
①遊んでたりダラダラしてるのだけど、実は勉強してしまっている状態を創る
②実は勉強しているのだけど、勉強している自覚などなく楽しんでいるだけと錯覚している
実際に、側から見ていると、何だか楽しんで遊んでるみたいなんだけど、
「こいつそんなこといつ勉強してんだよ?」
とビックリさせられる人は、こういう感じになってる人が多いんだよなぁ。
私は、子供の頃から勉強が嫌いで、
大人になってからも、当然嫌いなわけで、
でも、大人になってからは、やんなきゃいかんな、と一応は思っているわけで(苦笑)、
何とか、どんな姑息な手段や、無茶苦茶な方法を組み合わせてでも(笑)、
しかるべき勉強は、自分の為にも、未来の後進の為にも、しておきたいと思っているところです。
死ぬまでには、
「サル以下でも完璧にできる超エリートグダグダ経営勉強法」
を構築するのが、この2年のうちに新たに芽生えた夢の一つです(笑)。