「やりたいこと」がなくてやり始めたことは「やりたいこと」か?(笑)

調べたかった本を読んだり、仕事の準備をしながら、飽きてきて(苦笑)、

たいして「やりたいこと」もないなぁ、と思いながら、

フと見ると、お正月に造ったイノシシ人形で使った残りの粘土が中途半端に残っていたので、

これ、放っておくと、またどっかに行っちゃうし、硬化するともったいないから、なんか適当に作ろう、

と思って、またグニグニいじり始めて(笑)、

気がつけば、楽しくなってきて(笑)、ついつい夢中になって造り始めたんだけど、

 

こういう、「やりたいこと」がなくて、それでも無意識ながらに「やり始めた」ことは、

「やりたかったこと」になるんですかね?(笑)

 

よく聞いたり、言われたりすることで、

「やりたいことは今すぐやろう。」

みたいなのがありますが、

 

「やりたいこと」が先にあるのか、

「今始めている」ことが先にあるのか、

どっちが本当の「やりたいこと」なんでしょうね。

 

もともと「やりたいこと」をやってても、

やり続けていれば、いつかは飽きたり、疲れて、

そうすると、それは「やりたくない」ことになるわけで(笑)、

 

また別の「やりたいこと」を探して、やり始めたとしても、

やり続けていれば、それもまたいつかは飽きたり、疲れたりして、

そうすると、それもまた「やりたくない」ことになるわけで(苦笑)、

 

と、まぁ、この繰り返しになるわけだから(笑)、

あんまりそういうことを考えなくて、いま選択していることを一所懸命やることが、そもそも大事なんじゃねーか?とも思うわけです。

 

もしかしたら、「やりたいこと」というのは、

一旦、飽きてやめても、

一旦疲れてやめても、

一旦、ズタボロになってやめても、

一旦、挫折してやめても、

また、やり始めることが、そもそも「やりたいこと」なのかもしれませんね。

いちいち考えることではなくて、気がつけば、頼まれもしていないのに継続してやってきていること。

そいつを磨いていくことが「やりたいこと」の最短なのではないか?と思うことは度々あります。

 

こういうことをやっていると、

頭の中に創るもののイメージそのものの思考がなければ、現実化などできないし、

どんなに頭の中で思考していたところで、実際に手を動かして形にしていかないと、現実化していかないし、

それは、経営をデザインしていくことと同じだな、と思うわけで、

 

漠然と、楽しい仕事がしたい、経営がしたいと言っても、

それは、漠然と、絵が描きたい、粘土でなんか創りたいと言っているのと同じで、

何を描きたいとか、何を創りたいと具体的にイメージできないと、現実化しないし、

どんなに思考していても、実際に手を動かして何度もやり直してみないと、理想の形にはなりませんからね。

思考と現実は一体なのだと思うので、どちらか一方というのはないのでしょうね。

 

こういうことをやっていると、文字情報の受信だけでは得られない認識が得られて、

それが勉強になると言えばなるんだろうし、遊んでいるといえば遊んでるわけで、

何とでも言えてしまうわけですがね(笑)。

 

何であれ、余った限られた粘土で、いかにも、最初から意図的に造ったものに見えるにするために、

結構本気になっています(笑)。

 

まぁ、特別に「やりたいこと」がなけりゃあ、別に無理して「やりたいこと」を見つけることもないわけで、

「今やっていることがやりたいことだ」程度に割り切って生きてる方がストレスがなくていいんでしょうね(笑)。

 

 

というわけで、とりあえず、下地塗りが終わったところが、これです(笑)。

 

今年はたくさんたくさんこういうことができると楽しいだろうなと思います。

直接でなくとも、何らかの形でお仕事と組み合わせができたら、もっと楽しいでしょうね。

 

まぁ、どうせいつか飽きるので(笑)、飽きるまでやろうと思います。

飽きもせずやってるな(笑)。
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