「新たな価値創造」が問われる時代にアホが勝つと思う理由(笑)
- カテゴリー:
- 坪井式ビジネス論
- 坪井式マーケティング
- 坪井式屁理屈
世の中には、まだまだ予想を超える未知の物体がある、ということは知ってたつもりだけど、
どっかの秘境とか、人里離れた山奥とかならいざしらず、日常の中に普通にあるとは思ってなくて(笑)、
帰りの、いつも通っている品川駅の構内でフとショーケースを見たら、見たことないオニギリがあって(笑)、
大してオニギリなんて食べたくなかったけど、新幹線の中で食べようと、興味本位で買ってしまいました(笑)。
見たことねーよ、こんなデッカイえび天の「天むす」(笑)。
っていうか、これ「天むす」って言っていいんかい?(笑)
「具がエビ天のオニギリ」なのか、「オニギリ付エビ天」なのか、どっちがメインでどっちが具なんだよ(笑)。
それとも、馬場と猪木みたいな最強タッグで売り出すってことなんか?(笑)
あれだな、あれ。
要するに、グリコのキャラメルから始まった、おまけのオモチャ付キャラメルとか、仮面ライダーカードがおまけでついたライダースナックとか、
お菓子を売る為についてたオマケが、そもそもの目的が逆転して、昨今ではオマケがメインになって、
「食玩」と呼ばれる、オモチャがメインで申し訳程度にお菓子とかアメが入ってるようになった、今の食玩ご時世のオニギリ版ってとこだな、要するに。
(いや、要してもいねーけどな(苦笑))。
そんなこと思いながら、新幹線の中で食べてたんだけど、まぁ、食べてみると味は案外普通で、想定内でしたけど(笑)。
ただ、食べながら、よくよく考えてみたら、これ、いつも人前で偉そうに言ってる「『普通にあるもの』と『普通にあるもの』が組み合わさると『異常』になる」ってのと同じじゃんね。
そう言ってるのに、パっとみた時は、「未知の物体」とか「新しいもの」とか「こんなの初めて見た」とか、疑いもなく思ってしまっている当の本人がいるわけです(苦笑)。
ってことは、久しぶりに自らが証明したわけで、合ってるんですよ、その論法は(笑)。
新しく感じるものっていうのは、「0から1」になってるんじゃなくて、こうして組み合わさったり、
あるいは、普通だと認識しているものに対して、すげぇ大きくなってるとか、小さ過ぎてるとか、量が無茶苦茶に一杯あるとか、そういうことで新しく感じてるだけということがほとんどですもんね。
昨日のある研修でも、もんのすごく細かい手書きの字で、紙面を埋め尽くさんばかりの販促物の事例があって、それはとても観たくなりましたもんね。
非常識とか、逸脱とか、不合理とか、そういうキーワードはよく言ったもんで、
「常識」じゃなきゃ「非常識」になって目立って見えたり、オリジナルに見えたり、新しく見えるわけですね。
「常識」っていうのは、その人が生まれてから今日に至るまでの、その人が関わっている人達の多数の考えや行動なわけで、そうじゃなきゃ「非常識」になる。
じゃあ、ただ人と違ったことやってりゃいいかっていうと、そこがまた難しいわけで(苦笑)、
オニギリの上に乗ってるモノが、別の何か(まぁ、ここでは書けないような、ご想像にお任せするようなもの(苦笑))だったりしたら、そんなもんは誰もいらないわけで、ビジネスとしては成立しないんですよ(苦笑)、当然ながら。
ここのさじ加減って、いつもいつもそんなアホみたいなこと考えてる奴からすると、結構難しくて、まぁ難しいからこそ、ドンピシャとハマった時に「やったぜっ!もしかしたら、俺、天才!」とかってなるんでしょうね(笑)。
「常識を疑ってみる」とか「逸脱」とか「独自性が大事」とか、そういう言葉はいくらでも口かせ出せるけど、
口から出してる本人が至って常識的だったりする(笑)ことはほとんどだし(笑)、
かと言って、実際に「逸脱」してる奴はいるはいるけど、それは単に「変わり者」だったり、「迷惑な奴」なだけだったり、「社会適合できない人」だったりするのも、またほとんどだったりして、
この絶妙な接点ってのが、なかなか難しい、っていうのが私の言うところの「難しい」ってことなんですけどね(笑)。
「常識」と「非常識」の微妙な接点。
「社会性」と「逸脱」の微妙な接点。
「普遍性」と「独自性」の微妙な接点。
「あっち」と「こっち」の真逆に見えて、もしかしたらたった一点だけあるギリギリの接点。
そういうやつ。
まぁ、だから、いくつもいくつもアホなこと考えて、バカにされようと、変だと言われようと、どうでもいい案をビビらずにいくつもいくつも出してくる奴は、これからの時代、強いなぁと思うんですよね。
持ってる案の数そのものが違ってくるからね。
「何か新しい案を、案だけでもいいから出せ。」とか言うトップとかリーダーっているにはいるけど、「じゃあ」とばかりに、出してみると、
「そんなのは常識的に考えてダメだろう。」って、大抵は、いきなり批判しだすわ、しまいには怒り出すみたいな、そんなのばっかりですから(笑)。
その時点で、新しい案なんてないっつーの(笑)。
「新しい」ってことは、今までにないってことだけど、
今までにないことに対して、今まで通りの常識の範囲で語るのなら、そもそも「新しい」なんて求めちゃいかんだろ?
よって「新しい」ことなん出ないっつーの(笑)。
でも、分からん人は、分からんのであって、分からん人に分からせることは相当に困難ゆえ、そういうことがあると、もう言う気すらなくなるっていうのが、通常だとは思うんだけど、
でも、それでも懲りずに出し続ける奴がもしいたら、それはこれからの時代、強いと思う(笑)。
相手が怒ろうと、呆れようと、「案」は「案」として、出し続けれる奴(笑)。
閉塞感バリバリのビジネス環境しか感じないこれからの時代、アホは勝つんだろうな、アホは(笑)。
そういうスゲー奴見ると、私なんて、まだまだ全然甘いよなぁと思うもんな(苦笑)。
ってなこと考えて、自分のことを反省してたら、食べるのに夢中で、自撮りするの忘れて(笑)、
別の「でっかい舞茸オニギリ」の方を自撮りするしかなくて(苦笑)、
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
この場合、アホはアホでも、可能性のあるアホではなく、単なる本当のアホでしかないんじゃねーか?と、
さらに本気で反省させられながら、名古屋に帰ってくるのでした(苦笑)。