市場規模の仮想2倍はあり得るのか?
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コロナによる自粛が緩む傾向の中、
仕事の進め方も、お相手のご意向によって、リアルとリモートが混在するようになってきました。
これまでの3ヶ月近く、リモートワークに没頭してきただけに、改めてリアルを経験することで、
リモートワークへの価値観が当初とは違う認識が生まれてきています。
リアルは五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)・リモートは2感(視覚・聴覚)という前提から、
仕事の上でのリモートはリアルの廉価版という意識があって、
当初は、いかにリモートの価値をリアルに近づけることができるのか?が課題だと思っていました。
しかし、リモートに慣れてから、改めてリアルを経験することで見えてきたのは、
リアルとリモートは縦順列の関係ではなく、
双璧とも言える別物の価値があるという可能性です。
考えてみれば、それは新たな発見というわけではなく、
すでに、一つの作品が、映画で表現されたり、舞台で表現されたりするわけで、
私は実際に、その両方をお金を払って観に行ったことがあります。
あるいは、一つの世界観やキャラクターが、すでに、 リアル・映画・舞台・絵本・フィギュア・アパレルと、様々なコンテンツとして成立して、 そのファンは全てに対して消費しています。
すでにある当たり前のビジネスモデルと言えば当たり前なのですが、私は実際に自分で経験するまで、分かりませんでした。
今の私のビジネススタイルは、リアルとリモートの2つがありますが、
リアルにはリアルの顧客、リモートにはリモートの顧客、リアルとリモートの両方で関わる顧客の3つがパターンがあります。
そのどれもが、同じコンテンツではなく、例えば、映画と舞台が違う価値や魅力があるように、
それぞれに、それぞれの特性を活かしたり、機能を駆使した、オリジナルの内容になってきている現実があります。
そういう実感を持ち始めると、
「リモートはリアルのような成果が得られないからやらない。」
とか、
「リモートの方が時代の流れからすると主流になるから正しい。」
といった主張や議論というものは、
「映画の方が好きだ、舞台は嫌いだ。」
「テレビの方が好きだ、マンガは嫌いだ。」
というような、単なる個人的な好き・嫌いを主張しているに過ぎないということのような気がします。
キャラクターのファンは、そのキャラクターの原作マンガも買うし、テレビも観るし、フィギュアも小物も買うでしょう。
そう考えると、新しい試みの連続で、ドタバタと過ぎ去った3ヶ月でしたが、
気がつけば、 コロナで顧客が減少していくという前提にも関わらず、
市場は単純に2倍になったという仮説はあり得ると思うわけです。
というか、そう思うに至りました。
中小・零細・個人と、スモールビジネスになる程に、 技術開発や価格による優位性は持てないことが前提である以上、
本来、学ばねばならないビジネスモデルは、同業の大手からではなく、
異業種の同タイプからの置き換えになると、私は思っています。
個人に帰属する圧倒的ファンを、生涯で何人創れるか?というのは、命題となると思います。
人口減少が前提となる果たして市場は2倍になるのか?
経済がシュリンクしていく中、果たして自分のフィールドや立ち位置をどこに置くのか?
という仮説と実験を、 自分がモルモットとなることで面白がりながら進めて行きたいと思っています。
とか何とか偉そうなこと言いながら、リアルでやっているのは、せいぜい熊のぬいぐるみと戯れている程度ですが(苦笑)。