「新しいこと」より「ストック」か?そもそも愚問か?(苦笑)
新しい事を始めたとして、今から覚えたところで、あとどれくらいやったら自分のものになるのか?
集中力と継続力の量を上げて、他人の成長スピードより速く走れるのか?
を考えてみると、
既に今までの人生時間で誰よりも蓄えてきたストックを改めて見直してみる方が有利、という考え方はあるが、
果たして、そのストックは誰かから必要されるかどうかは、出してみないと分からない、
あるいは、ストックなどない(笑)ことに絶望したりすることもあるわけで(笑)、
だとすると新しいことに光明を見出す、となるのだけど、新しいことがモノになるような人であれば、
ストックは既にある、ということになるので、
だったら、何やってもダメじゃん、となるから、
「何やったらいいんですかね?」
は、自分においては、傷つくだけだから、愚問と設定している(苦笑)。
そうだ、目標とか成果を前提とするから傷つくのだ。
ただ、やりたいことだけやってたら成果になった、という「人生は棚からぼた餅」と認識しておけばいいのだ(笑)。
何を「人間らしさ」と言っているのかよく分からんのが「人間らしさ」か(笑)

「全部をAIにやってもらうのではなく、そこにその人しか書けない人間らしさを入れることが大事なのです。」
と、全部AIに書いてもらった文書を出すのと、
「全部AIにやってもらって、いかに自分は何もしないことが大事なのです。」
と、全部自分で書いた文章を出すのと、
どっちが人間らしいのだろう?(笑)
それとも、そんなことどっちでもいいから、今日、何食べるか?で頭が一杯の方が大事だったり(笑)、
自分の気持ちを誰も分かってくれない、という当たり前の感情を抑えきれずに、
誰かに聞いて欲しいと、他人の命を道具のように使っている人が一番人間らしいのか?(笑)
自分とは何者か?がまだ解明されてないのに、「自分らしさ」を前提とする考えを言う意味不明さが人間らしいのか?(笑)
私の言っていることが正しいのだから、その通りにしなさい、と他人に認めてもらいたいのが「人間らしさ」という美麗語句として纏めているのか?
よく分からんな(苦笑)。
何もせず、じっとしてよ(笑)。
憧れと絶望のファッション哲学・163「A-2」
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「さぁ、10月だ。レザージャケットを着て頑張るぞ!」
「何を頑張るの?」
「決めてなけど、何となく・・・・。」
頑張ります・・・(苦笑)。