「やりたいこと」と「似合う」かどうかは別物であることは自覚しておこう(苦笑)

帽子が似合いません。

被ってみたいんだけど、どのタイプもイマイチ似合いません。

 

よって、被り物である以上、カツラもイマイチ似合いません(笑)。

被ったら面白いんじゃないか?と思ってやってはみるのですが、

別の意味で面白いとしても(笑)、似合うかどうかという意味で、あまり面白くありません(苦笑)。

(まぁ、そんなもん、どっちでもえぇんだけど(笑)。)

 

やりたいことと、似合うこととは違います。

両方がぴったり合えば、そりゃ最高なんだけど、なかなかどうして合いません(苦笑)。

 

はたから見て、やりたいことをやって成功しているように見える人も、100%やりたいことだけで生きているか?というと、案外そうでもなかったりするわけで、

でもそれを受け入れて、いまの自分にできることの中で精一杯で素敵に生きているから、

そういう生き方そのものがとっても素敵なんだろうな、あぁ素敵だな、と思うのです。

 

「やりたいことを、やりたいように、やればいい。」

「やりたいことだけやればいい。」

という言葉は、言葉だけ聞けばとても心地良いだろうし、自分らしく生きていく上で大切な考え方であることはよくよく分かってはいるつもりですが、

でも、それは、断片的にだけ捉えると、時として、とても無責任だったりもするわけで、

その道だと、能力もセンスも実力もキャラも、全然違うだろ、似合わないだろ、というのに関わらず、

その人をその気にさせてしまって、取り返しのつかない方へ向かわせる危険性もあるわけで、

それが、ビジネスの世界となればなおさらで、実際に人の人生のリスクを伴う以上は、相手を見て言うべきだし、

聞いた方も、いくらなんでも少しくらいは慎重に考える思考力は必要でしょう。

そもそも「やりたいことをやりたいようにやる」だけでいいなら、3歳児と変わらないっつーの(苦笑)。

いくら何でも、3歳児にはまだビジネスはできませんから(笑)。

 

こういうのは、えぇ年こいてんだから、言う方も言う方でしょうが、聞く方も聞く方だろ、ということになるんでしょうね。

簡単にその気になるのはいいとして、簡単に何の策もなく突っ込んでくなよ、と(苦笑)。

 

この被り物、被ってみたら面白いかなぁ?というのと、

実際に被ってみて面白いかどうかは別なわけで(笑)、

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似合わないものは、どんなに格好つけても、視点を変えたところで、似合わないものは似合わないわけで(笑)、

それは、他人がどうおだてようと、無責任に持ち上げようと、自覚する側が自覚せねばならないということを、

全力でカツラを被ってみて実感するのでした(苦笑)。

 

そういえば・・・・、

周りからは「成功している」と評されている、ある経営者の方が言っていました。

「私は、今まで必死で走ってきたから、改めてやってきたことを振り返ってみて、

この仕事がしたかったとか、この商品を愛しているとか、好きで好きで仕方ないとか、

そういうのなんてなくて、なんとかやってかねばならなくて・・・・、

今まで自分がやってきたことの中で、今の自分ができて、何とか仕事になることを何とか選りすぐって、必死でやってきただけ・・・、

それがホントのとこであって、もともとはこの仕事を始めた時には、そのものに高い志なんてなかったんですよ。」

と教えてくれました。

 

私には、その姿に、その人の本音と、その人のリアルな「やりたい」と「似合う」があると感じたのを、フと思い出しました。

 

 

被り物は何しろ似合わない(苦笑)。
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何にでもチャレンジしようってのはホントなんかよ?(笑)

「何にでもチャレンジしてみよう。」

とか、

「何事もやってみなくちゃ分からない。」

とか、こっちがやりたくない時に、よく聞かされたりするじゃないですかぁ?

 

でもさぁ、やる前から、チャレンジする意味も分からないし、必要もないし、やってみなくても自分はやらなくていいよと分かりきってることって、あると思うんですよぉ。

だから、そういう、とりあえず前向きで肯定的過ぎる言葉を使う奴って、

他人に都合よく自分のやらせたいことをやらせたいだけなんじゃねーのか?と疑ってしまうんですよぉ。

 

人には、他人がどんなに良かれと思うことも、別の人にとってみたら、向いてないことなんてクソの山ほどもあって、

なだけに、

自分には何が向いてて、何が向いてないかは、自分で判断するだけの基準は持っていた方がいいと思うんですよぉ。

 

ということを、たまたま見つけたアニマル柄のジャケットが、俺なら、ひょっとしたらカッコ良く決まるんじゃないか?と思って羽織ってみたら、

やっぱり、やる前から分かってたな、とあまりにも似合わなさ過ぎて、痛切に実感するのでした(笑)。

 

自分には何が似合って、何が似合わなくて、何が向いてて、何が向いていないくらいは、経験して分かっておきたいですね。

じゃないと、何にでもチャレンジしてる間に、何がチャレンジした結果になるのか分からないうちに、人生終わっちまうじゃねーか(笑)。

 

かと言って・・・・・、

自分では似合っていて、好きだと思っている対象が、

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果たして本当に似合っていて、カッコいいかどうかも、

実は、分かっているか?と言えば、それも分かっていないかも知れませんけどね(苦笑)。

ってことは、結局のところ、

まぁ、いいや、本人がそれで良けりゃ、放っておけよ、ってことになるんでしょうね(笑)。

 

似合わないことをやってるなぁ、と思う人はいるけど、

じゃあ、自分は似合うことだけやってるか?というと、それはそれで分からないですね(笑)。

 

こういう時に、なんか、全ての人にゴメンナサイ、って気持ちになります(笑)。

 

全ての人にゴメンナサイ(笑)。
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全く違う人生の選択をしている人に聴いてみたい

ビジネスというものを、概念上で煎じ詰めていくと、

「人間というものをどれだけ理解しているか?」

「感動できる心をどれだけ持てているか?」

あたりになってくるんじゃないか?と思っています。

 

友達や仲間は、共に進んでいく上でのモチベーションを高める上でとても大切ではありますが、

一緒にいるのが心地良いが故に、知らぬ間にぬるま湯状態になるリスクもあるわけで、

① 自分と同じ価値観を持った人と共にいる時間と、

② 全く違う人生を歩んでいる人と関わる時間と、

豊かな人生を創っていく上では、この2つをいかに意図していくかのバランス感覚はとても大事だと思っています。

 

しかしながら、② については、なかなか機会がありません。

「関わる」定義にもよるのですが、私の場合は、

① 私の常識の範囲では、とても選択しなかったことを選択して、

② その人生経験の中から、人として大切な何を得てきたのか?を、

③ 私の基準で根掘り葉掘り質問しまくって(笑)お聴きする、

ということになります。

時々、心震えるような話や、人生の分岐点とも思えるような瞬間に出くわして、その後の人生に大きな変化が生まれることもあったりします。

私にとっては、そういう瞬間が、人生の宝とも思える時があるんですね。

(まぁ、そんなこと言ったら、私以外の「人」は、みんなそうなってしまってキリがないので(苦笑)、当然ながら、私なりの初動段階の枠組みはあるんですけどね。)

 

大きな意味で、「人」というものにとても興味があって、色んな人を見ていると、

「その人は、何故それをしているのか?」

にとても興味が湧いてしまって、何故それをし始めて、何故今日もし続けているのか、とか、とてもとても聴きたくなります。

特にビジネスや経営において、その人の「そこ」に共感できるかどうか?というのは、

その人から消費をしたり、ご一緒したり、支援したり、関わっていく上で、私の場合は、とても大きな要素だったりしますね。

 

そういう感性をいつも鍛えておきたいからなのか、

例えば、街で通り過ぎて気になった人や、喫茶店で前に座ってなんか大声で喋ってる人や、

時間と気持ちに余裕があれば、本当は、すぐ色んなこと聴きたくなってしまうのです(笑)。

 

でも、それがなかなかできない。

私は小心者だから、変な人と思われるんじゃないか?とか、きっと迷惑なんだろうなとか、

何より、相手がどんな人だか分からないから、怖いのです(苦笑)。

 

先日も京都駅のメインの構内で、終電間際の深夜ならいざ知らず、まだ人通りの多い帰宅時間に、通路で寝ている人を見かけてしまって、

なんでそんなとこでそんなことやってるのか、もう興味が湧いてしまって湧いてしまって、

聴きたくて仕方なかったんだけど、聴ける勇気がないんですね。

 

だから、せめて、同じようにしてみたらどんな気持ちになるんだろう?と、自分も寝転がってみる程度までしかできない(苦笑)。

口で偉そうなこと言ってても、情けないかな、実際には行動ができないんですよ。

まぁ、やってみたら、急ぎ足で道ゆく人達からどんな風に見られて、どんな気持ちになるかくらいは、自分で分かったんですけどね(苦笑)。

 

どんなに、自分とは違う人達と関わると言っても、

質問しても大丈夫だな、と思えるだけの何らかの関係性が必要で、

それには共通項目に基づいた出会いそのものがないと、何も始まらないのです。

 

そういう意味で、私は、私のオープンの講演やセミナーにご参加頂いた方に、できるだけその日のうちに友達になる、

もっと言えば、Facebook・TwitterはじめSNSで繋がることをお勧めしています。

私自身が繋がるのはもちろんのこと、参加者の皆さんが繋がることが大事だと思っています。

だって、私みたいな者の講演やセミナーに、興味を持って、時間とお金をかけてわざわざやって来てくれるって、

それだけでも、とても変な人だと思うのです(苦笑)。

いや、とても嬉しいし、ありがたいのですけど、でもやっぱり変な人だなぁ、と思う気持ちも湧いて、

なんで来てくれたのか、本音のとこを聴きたくてしかたなくなるのですね(笑)。

 

そういう変な人達が新たにSNSで繋がって、自分の都合の良い時に適当に都合良く関われて、

日々、何らかの更新をしていれば、その人の人生のリアルな日常がそこには確実にあって、

ご縁ができてるわけだから、興味が湧いて、何かを聴きたくなったら聴ける可能性は極めて大きくなります。

 

もちろん、出てくる全ての情報がそうはならないでしょうが、どうでもいい膨大な情報の中から、かけがえのない一つに出逢える可能性は生まれます。

その人の意図した発信がそこにはありますから、それはそれで存在している以上、私にとってはリアルです。

そういう中からでしか、新たに、心に残るような瞬間は見つからないと思うのですね。

 

リアルにお会いしなければ、いちいち聞けないことはたくさんありますが、

すでに色々と聴きたくなっている人は、WEB上でたくさんいます(笑)。

 

もし何かでお会いできた時に、根掘り葉掘りどうでもいい質問しまくったら、どうか、人助けだと思ってお付き合いして下さいね(笑)。

 

自分が聴きたい人の話は面白い(笑)。
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