考えても考えなくてもいいようなことを考えてみる

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人は、言ってもいいし、言わなくてもいい、という選択肢がありながら、でも、何かを喋る。

人は、やってもいいし、やらなくてもいい、という選択肢がありながら、何かの行動をしている。

それは、その人の何がそうさせているのか?

という風に、一旦仮説を立てて、人というものを考えてみる。

 

その「何が」なんてものは外側からは見えないけれど、

「何が」というものを「思想」という名称に置き換えてみる。

 

その人の言葉や行動行為から、人はその人の「思想」を透かして見て、

その「思想」に対して、共感したり、価値を感じたりする、

と、一旦の仮説を立ててみる。

 

そうすると、人は言葉や身体というものを使って、

自分の「思想」というものを表現しているという仮説になる。

 

自分が他人からどう見られたいと意図するにせよ、

無意識のうちに何かやったり喋ったりしているにせよ、

誰と一緒にいる・いないという選択をするにせよ、

SNSで発信する内容をどうするかにせよ、

自分の思想は他人から透かして見られていて、

どう取り繕っても、全て透かして「思想」という見えないものを見られている、

と仮説を立ててみる。

 

しかし、それは全て、他人の勝手な価値基準によって、自分という人間が何者なのかを作られている、

と仮説を立ててみる。

 

 

そういうどうでもいいとも思える(笑)仮説に基づいて考えていくと、

結局のところ、自分がやりたいように、自分が好きなように、自分が正しいと思うように、これが人に役立つと思うように、

そう信じられることに基づいて、

何かを表現して、何かを主張して、

それに対して、他人の評価がどうあれ、それはそれで受け止めて、

さらに、

その評価に合わせて変えていくのか、

評価など気にせず自分の信じた道を貫くのか、

その選択もまた自分でしていく、というのが、最も納得のいく人生になるのではないか、という仮説に行き着く。

 

そういうことを考えると、

自分の思想が、思い通りに表現されていると自覚できて、

その通りに他人からも評価されていると自覚できるというのが、

最も幸せであるという仮説が成り立つが、

 

そんなこと考えたところで、意味なんてあるのかよ?

みたいに思えることを、

行ったり来たりながら、迷いながら、だんだんと自分の軸が出来上がっていくのが、

私は人間だと思っていて、

そういうことを考えたり、仮説に基づいて実践してみることそのものに意味があると思っている。

 

という仮説を立ててみた(笑)けど、

大事なのは、それを表現する画像があるかないかに必死になっている、

という自分に気づいた(笑)。

 

 

じゃあ、考えなくてもいいじゃん(笑)
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気持ちがあればきっと伝わっているから(笑)

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電車に乗っていると、何故か、結構な頻度で、外人さんに声かけられます(笑)。

 

今日も、電車の中でスマホいじってたら、

「ちょっと、すいません、いいですか?」

みたいな感じの英語で外人さんがなんか聞いてきたので、

「なぁに?」

みたいな感じの英語で、応えたら、

「この電車って、◯◯駅まで行くんですかね?」

みたいな英語で、目的地まで行く電車かどうか聞かれたので、

「俺もよく知らないんだけど、ちょっと調べてみるよ。」

みたいな感じの英語で、スマホの「乗換案内」のアプリで、外人さんの発音通りの駅名で調べてみたら、

そんな駅なくて(笑)、

発音に近そうな駅名出してみて、

「これのことかい?」

みたいな英語で、確認してみたら、

「いや、日本語分からないんだよ。」

みたいな英語で、答えてきたので、

「そんなの俺にも分かんねーーーー!」

みたいな英語で、さらにジェスチャーして(笑)、

「それなら、一緒に、電車の中に貼ってある路線図見て見ようぜ。」

みたいな英語で、誘って、ドアの上にある路線図見てみたら、

「あ、これ、こんなとこにあったんだ。これ見たかったんだよね。」

みたいな英語で、言うもんだから、(そっか、これが見たかったんだな)と思いながら、一緒に見たら、

彼が探してた駅名があって、発音が微妙に日本語のそれと違ってて、

「あぁ、この駅だったんだね。」

みたいな英語で、聞いたら、

「そうそうここだよ。これ乗ってれば着くんだよね。」

みたいな英語で、確認してきたから、

「うん、この駅だったら、あと5つ目で着くよ。」

みたいな英語で、答えてあげて、

2人で安心して席に座って、

「どっから来たんだい?」

みたいな英語で、出身を聞いたら、

「イタリーから来たんだ。」

みたいな英語で、教えてくれて、

「そっか・・・、楽しかったよ。俺はもう降りるから一緒に写真撮ろう。」

みたいな英語で、聞いたら、

「もちろんさ。いいよ。」

みたいな英語で、笑顔で応えてくれて、一緒に自撮りして、

「この画像、FacebookとかのSNSでアップしてもいいかい?」

みたいな英語で、確認してら、

「もちろんいいさ。」

みたいな英語で、快諾してくて、

「じゃ、俺はここで降りるから。元気で、素敵な旅をね。」

みたいな英語で、挨拶したら、

「ありがと。君もね。」

と返してくれて、

握手してお別れしました(笑)。

 

でも、どうも彼はイタリア人だということは分かって、

お互い「みたいな英語」しか使ってないから、

ちゃんと伝わってたのかどうかは明確でもなくて(笑)、ちゃんと、目的地に着いてるといいなぁ、と今もずっと願っています(笑)。

 

きっと伝わっている(笑)。
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今、私が最も不安なこと(笑)

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Facebookを見てると、私の知り合いは、大阪や名古屋から東京に向かってる方が多いですが、

私は今日は逆行して西へと向かう移動中です。

皆さん、素敵な一日になるといいですね。

 

世の中には不安なことというのが、人それぞれあるのでしょうし、

その内容も人によって様々なはずで、

私はそれをとやかく言うつもりは毛頭ありませんが、

 

東京駅のお弁当屋さんで見つけたお弁当がどれも美味しそうに見えて、

選びに選んだつもりが、気づいたら、調子に乗って3つも買ってることに気づいて(苦笑)、

いくら長時間の移動といっても、全部食べれるかどうかが、

 

何よりもの大きな不安です(苦笑)。

 

できる、できる、俺なら必ずできる(笑)。

 

今日も、仕事も、仕事じゃなくても全力で頑張ります(笑)。

そうです。仕事だけとか、何とかだけとか、人生とはそういう断片的な側面では計れないのですよ(笑)。

やベー、美味しいぞ(笑)
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