「不純な動機」が「知識」を稼働させるのです

今年初めての富士山でした。

新宿で夜からの講演だったので、いつもより遅い時間の移動で、

よって、夕暮れ近くに見る富士山というのは、初めてで、それはいつも見ている富士山とは全く違って見える富士山でした。

 

あぁ、とってもキレイだなぁと思いながら、月に何度か富士山を新幹線の窓から見ていて、それは毎回の楽しみになっています。

こうして色んな富士山の姿を見ることもできていて、富士山のことが何となく分かってきているような気になってて、

でも、それはそんなような気になってるだけなんだろうなぁ、と思えました。

 

もちろん何度も見ながら気づくことは確かにありますが、もう片方で、ただ同じ窓から何度か見ているだけと言えばそれだけです。

私は、数年前に富士山に登ったことは一度だけありますが、その上で、今のところ2度とその経験をしようとは思っていません。

一度やってみたという経験はありますが、一度しか経験していないとも言えます。

私は富士山のことを見るのは好きだけど、登りたくはない。ということです。

あんな辛くて苦しい思いまでして、登るという意味が私には見出せない。

なぜ登らなくてはいけないのかがまるで分からないのです。

だから、見て好きなことは言えるけど、登りません。

ということを、フと自覚させられました。

 

これって、あぁ、

「『経営知識を得る』ということと、『実績に業績を上げる』ということは、全くの別モノなんだな。」

ということと同じようなもんなんだな、と同時に思ったんですね。

 

いろんな業種業態、色んな立場の方から、様々なご相談を頂きますが、

ビジネスが前提である以上、それら全ては「業績アップ」ということに集約されます。

「どうすれば自分は業績アップ」ができるか?ということです。

 

この数年、経験させて頂きながら、あることに気づきました。

それは、「どうすれば業績アップできるのか?」というノウハウを知りたいのか、「なぜ業績アップするのか?」という本質や目的・哲学に関して自分を知りたいのか、

端的に言い換えれば、

「どのように」と「なぜ」に分かれるということです。

 

さらに、初動の要望は「どのように」の方が圧倒的に多いのです。

でも、これは、比較的簡単に手に入ります。

それは知識だからです。

本やセミナーや勉強会といった場で、簡単に手に入ります。

例えば、一定期間の利益を上げるには、「粗利額を上げるか」「コストを下げる」か大きく2つしか手はありません。

そこから、さらに幾つかの方法に分かれて7つのカテゴリに細分化されていくだけです。

そして、それぞれに対して具体的に行動することを決めて、優先順位の順に行動量を増やす。

そういうことになります。

 

仮に、それを知ったとします。

なるほどそうかと思います。

知識は上がりました。

でも、業績は良くなりません。

なぜか?です。

 

理由は、実際にやらないか、あるいは、一つや二つ、一回二回やっただけで、やめるからです。

私が、新幹線から富士山を見て「色んな富士山があるんだな。」ということが分かったとしても、じゃあ、実際に登るかというと登らないから、いつまで経っても富士山に登るという実績は身につかないのと同じですね。

 

よほどの天才でもない限り、私のような凡人は、実際の行動量の多さを増やすことでしか成果は得られません。

私の経験による感覚値ですが、一般の3倍量を、一般の3倍期間続けていく中で、スキルも上がり、分かることも増えてきて、結果として圧倒的成果になっていきます。

 

要は、今の3倍の量を、一定期間やり続けるなんて、普通ならやりたくないでしょ?(苦笑)

やるとしたら、そんなことまでする理由がある時だけ。

裏を返せば、「なぜやるのか?」の本当の理由がどこにあるのか?になります。

「なぜ?」に対する自分の本当の理由かないと、やらないのです。

 

私は、この「なぜ?」の方が大事だと思っているのですが、多くの人は、不思議と「どのように?」を欲します。

一つ知識を手に入れては、でもやらなくて、別の方法がないか?と思っては、また、どこかに探しに行ってやらなくて、だから成果が上がらなくて、またどこかに探しに行って・・・・、と繰り返す。

そして、振り返れば、膨大な知識は持っているが何も行動していない。

こういう人は案外多いんですね。

私が何度も富士山を見ても、富士山に登っていないから、登れはしないのと同じですね(笑)。

 

私は、「なぜ?」の方が、「どのように?」よりも、大事だと思っています。

「どのように?」はとても大事ですが、「なぜ?」に対する答えの方を自覚する方がもっと大事だと思っています。

 

しかし、これがなかなか難解でもあったりするし面倒だし、それなりに時間も使うので、ついつい簡単に結果が手に入りそうな方へと行くんじゃないか?とも思います。

 

「なぜやるのか?」を自覚した人は、一気にやることが加速するので強いですね。

その理由は、結構、純粋な欲望だったり、他の人から見たらどうでもいいようなアホくさいことだったり、子供じみていたり、極めて個人的だったり、不純だったり、

総じて「好き」というやつなんだと思うのです。

「好き」は勝手にやり続けますからね。

勝手にやり続けることと、やるべきことがリンクしたら、それはもう強いに決まってる。

3倍だろうと何だろうと、やりまくるでしょう。

すなわち、業績アップの根幹というのは、一見、業績とか経営指数とは全く関係ないとこだったりする。

だから、面白いと私は思うのです。

 

そうだよなぁ、知識より、知識を稼働させる純粋なモチベーションの方が大事だよなぁ、

自分のモチベーションをいかに気づけるのか、そこにブレない独自の価値が宿っているのだろうなぁ、

なんてことを考えるながら、

今年初の今日の講演は、その辺を軸にしてアプローチしてみるのな一番面白ろそうだと、数時間後に迫った講演に繋げていくのでした。

 

そうです。

この日の富士山は、当日になっても、講演内容を纏めきれていなくてピリピリしていた私の脳を整理させてくれたのでした(笑)。

やっぱり、ありがとう富士山(笑)。

登らないけど、いてくれてありがとう富士山(笑)。

そう、都合よく思いながら、東京に向ったのでした(笑)。

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人の言う「どぉでもいいよ。」は、どぉでも良くない(苦笑)

ロングコートは滅多に着ませんが、久しぶりのスーツスタイルで、さらに日本海側は寒いだろうといことで、せっかくだから防寒にはロングコート着用になります。

 

出際に、事務所(実家でもある)に娘が来ていて、

「パパ、今日はどこ行くのぉ?」

と聞いてきたので、いいとこにいたと思って、写真撮ってもらいました。

 

撮った後に、

「これで、い〜い?」

と確認してきたのですが、時間がなかったので、

「うん、まぁ、どーでもいいよ。じゃあね、行ってくるね。バイバイ。」

と言って慌てて出てきたのですが、改めて確認してみたら、

(って言うか、久しぶりに着たんだから、もうちょっと下からのアングルで撮るとかしてカッコ良く撮れよな。)

と思うのでした(苦笑)。

 

人の言う「どぉでもいい。」というのは、案外どぉでもよくなかったりするし(苦笑)、

「いいよ、任せた。」と言う割には、任せたはずなのに後から「確かに任せたとは言ったけど、でもなぁ、これはさすがに・・・・。」とつべこべ言ったりするし(苦笑)、

「お前の好きにすればいいから。」というのは、あくまで自分の範囲の中での「好きにしていい」だし(苦笑)、

人の言うことなんて、どこまで行っても自分の基準で言うのだから、だから確認が必要だ、などと偉そうに言うものの、

自らやってることで、改めてそんなもんだよな、と実感させられるのでした(苦笑)。

 

快く撮ってくれた娘の顔を思い出して、ゴメンね、と思うのでした(苦笑)。

次回はちゃんと言おう(笑)。
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一つのことを深く深く、しつこくしつこく(苦笑)

グダグダで遊んでばかりした年末年始でしたが、私もお仕事が始まっています。

とは言っても、私のお仕事というのはバカっ話が多くて、はたから見れば、遊んでるのと見分けがつかないようなもんだと思うんですけどね(苦笑)。

 

今年最初のお仕事は、とっても綺麗で素敵な工房でのミーティングでした。

 

一つの事柄や物事や言葉、個人が認識している言葉の定義など、一つ一つを深く深く、しつこくしつこく、探っていくことは、それなりに時間がかかり、往々にして遅々として何も進まないように思えるのが一般的ではないかと思います。

しかし、その過程の中で、広く物事が見え始めたり、あるいは、まるで別物だと思っていた事柄が一つに繋がったりします。

それは、例えば、ビジョンであったり、価値観であったり、ビジネスモデルとして成立するか?、収益の見込みはあるのか?、販促とはそもそも何か?であったり、採用や育成はどうすべきか?であったり、大手企業には絶対にできない個人事業ならではの特権は何か?であったり、

それらは、一般論ではない、自社ならではのものが見え隠れし出します。

 

「自社ならではのもの」とは何か?というのは、最後の最後は、経営者の持っている価値観、すなわち「個人の好き・嫌い」に委ねられる、とらいうのが私の見解です。

 

よって、経営者それぞれの「何が好きで、何が嫌いか」「何がしたくて、何がしたくないのか?」「何を経験上分かっていて、何が分かっていないか?」・・・、

このあたりを本人がどう認識できるかが肝となるので、色んな角度から質問しまくったり、問答し合ったり、人生を聞いたり、客観視したりしていきます。

 

誰もが、自分の好きなように生きていきたいと考えています。

他人の役に立ちたい、人の幸せに貢献したい、と言うのも、煎じ詰めれば、言っている本人の、役に立つ基準や、幸せの定義が前提となるので、それも含めて、「自分の好きなように」と、一旦割り切ってみます。

 

そういう意味で、自分の好きなように生きたいと思っていたとしても、

でも、じゃあ、肝心の「自分の好きなこととは何か?」を明確で明快に、自分にも他人にも分かりやすく認識できているのか?というと、

そうでもなかったりするのも、また、ほとんどだったりもします。

あくまで私の経験則であり、無論、私も含めてですけどね。

 

「好きにやりたい」のに、肝心の「好きなことが明確でない」、

「豊かで幸せになりたい」のに、肝心の「自分の幸せや豊かさとは何か?」が答えられない。

 

とても難解で面倒なこととも言えるけど、私は、自分に対しても、他人に対しても、それがとても興味深いことだし、それを確認し合うのが面白くてしかたないのです。

もちろん、お互いに疲れますけどね(苦笑)。

 

でも、まぁ、私の「わざわざリスク張って経営者なんてやってるんだから、自分の人生、自分で決めればいいじゃん。」という基本スタイルは恐らく変わらないと思っています。

 

それを想いながら、話を進めていくと、

その人の人生の体験・経験というのは、何であれとても重要だし、誰もマネなどできない固有の価値や独自性が宿っているんだろうな、

ということを、強く認識させて頂ける時間でした。

 

今年もまた、多くの色んな方々の素敵な人生に出逢えることが、とってもとっても楽しみです。

そんなことを実感させて頂けた時間に、感謝するお仕事始めでした。

 

お仕事で、ご縁を頂いている皆さんも、ご縁を頂くことになる皆さんも、今年も、ウザいでしょうが(苦笑)、どうぞよろしくお願いいたします。

要するにバカっ話(苦笑)。
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