ビジネスで「結果」を出す為のたった一つの思考

「結果」を出す思考はたった一つ

ビジネスにおける、業績を上げる、すなわち「結果」を出す為の必要な思考は、私の答えは、たった一つ、

「なぜ?」

です。

私にとってのビジネス脳とは、たった、一つこれだけです。

ビジネスで求められるものは何か?

ビジネスの上で何が欲しいか?と言えば、共通するのは「結果」です。

人によって、何だかんだあれこれ言ったとしても、ビジネスである以上、万人に共通しているのは結局のところ「結果」です。

私が観てきた、いつの時代も一定の「結果」を出し続けている人の特徴があります。

ビジネスで結果を出し続けている人の共通要素3つ

①圧倒的行動量

②要因分析

③仮説シナリオ

の三つです。

ただ、何もせずに「結果」だけが付いてくることはあり得ません。

「結果を出し続けている人」は

「なぜ、この人は結果を出し続けられているのだろう?」と、

要因を分析していくと、その全ての人に共通しているのは、少なくともこの三つがあります。

圧倒差がついているのは「要因分析」

特に②の「要因分析」は必須ですね。

これがないと次の「クリエイティブ」ができません。

すなわち、「新たな価値」を生み出す前提は、「なぜ?」による「要因分析」であり、

「要点分析」の前提は、「行動量」による自分のデータです。

ビジネスと認識できるもの

私も仕事をしている以上、任意の「結果」が欲しくてやっています。

人は、それを「目標」と言ったり「数値」と言ったり「実績」と置き換えたりもします。

一番分かりやすく、えげつない例えは「お金」でしょう。

これは、ビジネスである以上(全てではないにせよ)共通です。

そうじゃない、という場合は、私の場合はそれをビジネスとは認識しません。

ビジネス系勉強会で湧き出た疑問

これまで受けてきた、全てのビジネス系の勉強会やセミナーに参加したり、本を読んできた私の目的は、

全て自社や自分の「業績アップ」という「結果」が欲しくて行っていました。

アプローチとして、楽しいとか、厳しいとか、の手法があるわけで、それは好みの問題として割り切っていました。

 

たくさんの場に行かせて頂くうちに、一つの疑問が湧いてきました。

どんな素晴らしい勉強の場に行っても、

「結果」を出す人は、どこに行っても結果を出し続けているし、

「結果」を出せない人は、どこに行っても結果を出せない、

ということです。

 

ということは、その場に行けば「結果」が出るのではないのだから、

勉強という情報や知識そのものに価値があるかどうかではなく、

どこに行っても「結果を出す人」と「結果を出せない人」がいるわけで、

その特性の違いは何か?

をずっと考えてきました。

「結果を出す人」と「結果を出さない人」の圧倒的違いはどこからか?

「結果を出し続ける」人を、観ては考え、また観ては考え、の連続で、

時に性格だとか、キャラクターだとか、果てはナンチャラタイプ別とか、

色んな切り口からも観てみましたが、どれも共通する要素にはなりません。

その明確な答えは出ぬまま、そうこうしながら、私は「株式上場」という着地、すなわち「一つの結果」を頂くことができました。

その10年は、こんな程度の私にとっては、もう二度としたくないという程に、とてもとても大変な日々の連続でしたが、

(何といっても50年続く家業を廃業に至らせる、そもそもがクソボンクラの権化(苦笑))

上場に向かう、いろんな側面からの、制約や管理や強制や監視や監修のもと、いつの間にか、きっと知らぬ間に鍛えられていたのだろうと思います。

鍛えられた結果、いつの間にか身に付いたのが「なぜ?」に対する思考の連続でした。

要因分析とは「なぜ?」の連続

「株式上場」というのは、いわば「結果」だけが求められ、「結果」だけを判断される場です。

何かをすれば、必ず何らかの結果は出ます。

なぜ、売れたのか?

なぜ、売れなかったのか?

なぜ、買ったのか?

なぜ、買わなかったのか?

なぜ、集客できたのか?

なぜ、集客できなかったのか?

なぜ、採用できたのか?

なぜ、採用できなかったのか?

なぜ、続けるのか?

なぜ、やめるのか?

なぜ、やる気になったのか?

なぜ、やる気を失ったのか?

何しろ、毎日がこの連続と言っても過言ではなく、身体を安めることはできても、心と頭が休まることはありませんでした。

適当に逃避することはできても、ずっとずっと頭から離れないので、ずっとずっと、まるで歯の痛みのように、何かしらの答えがでるまで、延々と続くのです。

まぁ、だから、上場したから逃げ出したとも言えますが(笑)。

だから、面倒くさい、と言って逃げる人を私は攻めません。

適当なところ、あるいは限界で、逃げたきゃ逃げればいいのです。

その変わり、欲しい「結果」も捨てなきゃいけませんがね。

どっちか、好きな方を選べば良いのだと思います。

ただ、経験上ですが、

何とか結果が出た、全ての新しい企画の、商品も、サービスも、販促も、採用も、育成も、

この思考の連続と繋がりからであり、

逆に短命に終わったり、悲惨な結果が出たものは、よく考えもせず(要因分析もせず)に、

とりあえず他社のうまく行っている表層をそのままパクったり、したことでした。

後者の方の打撃の大きさの方が私は印象に残っています。

「結果」は一つの大きな塊

「結果」というのは、まさしく結果であり、まとまった一つの塊です。

その塊をどんどん分解・分析していくと、

「なぜ?」のバリエーションと深さは果てしなく続きます。

他者からも聞かれ、自問も果てしなく続きます。

故に、そのバリエーションも果てしなく増えていきます。

 

やっていくうちに、もう嫌になって限界が来ます。

でも、正解などいつまで経っても出ません。

相手によって、あるいは、聞かれ方や言われ方によって、時にブチ切れます(笑)。

要因分析の断片やカケラは次の結果の素材

ただ、やっていくうちに、たくさんのたくさんの断片のカケラが増え続けます。

たくさん増えると、そのカケラのいいところの一つ一つを繋ぎ合わせて、

いつの間にか、結果を出せるパターンと、結果に結びつかないパターンが見えてくる段階がやってくることが分かってきました。

それで、次の仮説やシナリオを立てて、やってみると、また結果が出てしまうわけで(苦笑)。

続けていくと、これを肌感覚で分かってきて、意識しなくても自然とやっている段階に入っていくのだと思います。

言葉だけ覚えるアホ丸出しパターン

「なぜ?」と聞くことは誰にでもできます。

しかし、強烈な落とし穴はあります。

「なぜ?」と聞けばいいとだけ思って、何のストックもないのに聞き続けるバカです。

これは、聞いている側が着地させることができません。

文言だけパクってやるタイプがコレで、まさしく「要因分析」ができていないアホ丸出しパターンです。

実は、何人も観てきました(笑)。

言葉を表層でパクって憶えても、中身がない、すなわち、その人なりの思考のバリエーションとパターンがないのです。

「脳なし」というやつですね(笑)。

「なぜ?」から始まる解像度アップパターン

「なぜ?」に対する一つの回答に対し、

「ほんとに?」が生まれ、

「そんで?」が続きます。

余談なので、ここでは詳しくは省きますが、

「なぜ?」「ほんとに?」「そんで?」

これが思考の解像度を上げていくバリエーションです。

とになく、一つのことに対する要因の一つが出たら、また繰り返しています。

そういう場と時間を持って、やってみます。

次々と新しい何かを生み出していく人は、自動的にこの問答を自分の頭の中で繰り返しています。

無意識だから質問を繰り返さないと出てこないのですが、私は何かができている人に、根掘り葉掘り聞きまくる癖があるので(笑)、

聞けば出てくる要素を観てみると、この思考パターンをもった人が、次々に何かを生み出しては、成功確率が高い傾向にあるのは間違いないです。

鍛えられた自分と、やっていない人との違いに教えられる

これをとにかく繰り返しては、次の仮説を立てては、行動量を増やし、

また出た結果の要因分析をし、カケラの情報量が増え、また繋ぎ合わせたパターンを作り、次の仮説を立て・・・・

と、この繰り返しを、これでもかとグルグルグルグル回し続けます。

だから、もともとがダラダラの私には、とても大変で、死ぬほどきつかったわけで(笑)、当たり前と言えば当たり前です。

 

そうこうするうちに、いつの間にか鍛えられて、あぁ、もしかしたら無意識に自然とできるようになったんじゃないか?と思うようになったのは、つい最近です。

今、他人の業績アップに纏わるお仕事をさせて頂いているわけですが、関わっていく中で、

この思考がある人とない人の違い、あるいは、いつの間にか出来上がったであろう自分と、結果が出せない人の圧倒的違いをここに見出すからです。

 

私は、「結果を出し続ける人」と「自分自身の経験」から、一つの結論を持ったといえます。

今のところのその結論が、上記の三つ

①圧倒的行動量

②要因分析

③仮説シナリオ

ということです。

「結果」を出せない人のよくあるパターン

結果が出せない人の特徴は、

①まず結果そのものを観ていない

②要因分析をしていない

③要因分析の深堀りが足らない

のどれかです。

経営における「結果」というのは、全て「数字」に表されます。

「良い・悪い」という評価の問題ではなく、「数字」という現実を観ない限りは、「要因分析」もへったくれもありません。

「なぜ?」と自問しようとしたところで、何に対して「なぜ?」なのかが発生していないので、ステージにものっていないのです。

もちろん「結果」を観ただけでは、業績は上がりません。

しかし、「結果」を観ないことには、未来の仮説を立てることができないので、

肝心の結果を出す為の「行動」ができないのです。

「行動が全て」は間違い

時に、①の行動をたくさんする人はいます。

とてもいいと思います。

でも、行動量が多くても、「結果」に結びつけることができない人はいます。

そういう人は、やみくもに行動しているだけで、行動した結果を観て「要因分析」をしていません。

だから、ただ動いているだけになって、結果、「結果」が得られずに疲弊していくだけということになってしまいます。

「行動だけ」でいいならサルもビジネスできる

そういう人のパターンは、この三つのサイクルをやらずに、何かうまい方法はないものかと、あっちにそっちにフラフラと動き続けたりします。

決まり文句は決まって「行動が大事だ。」です。

確かに行動は大事です。とても大事です。

でも、行動だけで何とかなるなら、三歳児でもビジネスの「結果」を出せるとなってしまうだろうに、思うわけです。

もっと言うなら、サルでも何かしら行動しているのだから、サルでもビジネスで結果を残せるということになってしまいます。

でも、ビジネスや経営をしているサルは一匹もいません。

(サル顔している立派な経営者はたくさんいると思います(笑)。)

行動だけの人によく見られるフラフラパターン

「行動だけ」の人は、何も考えず、何かうまい方法はないものかと、フラフラと動き続けます。

あっちに行ってはフラフラ、こっちに行ってはフラフラ。

どこの勉強会に行っても、勉強熱心な人は結構一緒になるし、どこそこの勉強会出身で一緒みたいなことになるのですが、

冒頭にも書いたように、どこに行っても「結果を出す人」は出すし、どこに行っても「結果を出せない人は出せない」という、

このパターンは、私の知る限り、絶対に変わりません。

「要因分析」などしなくても、誰かのやっていることを、表層だけパクって、同じことやって、

適当に関わって、売りつける相手見つけて、

それで、うまく当たり続けて結果が出続ければいいのですが、

そういう博打で長期にわたって勝ち続けている人を私は知りません。

もし、いれば、それはそれでいいと思いますし、それでずっとやっていけばとても良いと思います。

もう天才の領域ですから追いつけません。

無能の凡人の私には無理だというだけです。

「よく考えろ」とは何をどうすることを言うのか?

「よく考えろ」という言葉をよく聞きます。

私もよく言われてきました。

でも何をどうすることを言っているのか、誰も教えてくれませんでした。

私にしてみれば、その時の私なりに「よく考えて」やったつもりが、誰かにとっては「よく考えていない」わけで、

「考えた」のに、「考えてない」と言う、それだけで期待する「考えることができる人」になるなら、とっくに「考える人」になっているのだから、

私から言わせれば、そもそもが、そのアプローチがおかしいわけです。

「『考える』って何をどうするってことですか?」と聞くと、せいぜい、「お前は素直さが足らない」だの、「お前の屁理屈はもういい」だのと叱られる程度です。

私の結論は、「あぁ、この人『考える』ということを考えてないんだな。」ということでした。

ビジネスの「考える」の定義

私は、この「よく考えろ」とは何をしろということなのかを、それこそよく考えました。

書いてきたような積み重ねの結果、私の定義する「よく考える」というのは、「要因分析をする」「仮説シナリオ」ということになりました。

「なぜ?」に対する一つ一つの答えをたくさん炙り出し、次の行動の仮説を立てることが、「よく考える」ということです。

それは、三歳児にも、サルにもできないはずです。

私が最も欲しいチカラ

ビジネスの結果を出すにあたり、私がいま一番欲しい能力は、それは、どんな時代も、新たな価値を生み出せる能力でありチカラです。

それは例えば、「クリエイティブ」という言葉です。

それがないと、これからの未曽有の時代に何をどうすればいいのか分からない故に、とても恐いのです。

恐くて恐くて、不安で不安で仕方ない。

「クリエイティブ」のチカラは、思考なので、欲しいと思ったところで、手に入りません。

誰かに創ってほしくても、自分の思考は誰も代わりに創ってくれません。

自分で創るしかないのです。

それこそが、唯一、これからのビジネスで、新たな価値を生み出し、「結果」を出せる力を鍛えていくと、私は信じています。

「なぜ?」に悶絶しながら結果を出す人達

いま、私の主催しているオンラインサロンや、グループコンサルや、個別コンサルのメンバーの人達は、

この私の、何かの結果や現象に対して、一旦興味を持たれたが最後、「なぜ?」「なぜ?」と聞かれまくって、

きっとヘキエキとしていると思います(笑)。

それでも、その思考の面倒くささを越えて、何かを求めて続けている人達は、

様々な出来事の、色んな人の、結果に対する要因のカケラが積み重なり、

少しづつ、自分で次のビジネスのヒントや、具体的にやる事が生まれてきたり、自分のビジネスの軸や、次のシナリオが出てきているのを、私は目の当たりにしています。

(結果が出たら出たで、また私に聞かれるから、また面倒くさいけど(笑)。)

ご興味があれば、もし、良かったら、オンラインサロンからでもご一緒しましょう。

私も、メンバーの皆さんと一緒に、要因分析のカケラをたくさん増やして、

次のシナリオへと向かいたい。

ツヴォイの新商品、「ツヴォイ式・経営なぜなぜ問答クリエイティブ塾」の開校も間近かも知れません(笑)。

最後まで読んでくれた人へと、書いた自分へ

最後まで、読んでいただいてありがとうございます。

ここまで読んでいただいた方で、良かったら、

「なぜ、読もうと思ったのか?」

「なぜ、最後まで読んだのか?」

の要因を分析してみて下さい。

一つではないはずです。断片やカケラをたくさん出してみて下さい。

ね、面倒くさいでしょ(笑)。

もちろん、面倒くさければ、やらなくて結構です。

誰を信じてもいいし、何を信じてもいいし、それも、その人の勝手であり、人それぞれの人生です。

でも、「結果」を出せる思考になる「要因分析」の、小さな一歩になることは間違いありません。それは確信しています。

できれば、書き出してみてみて下さい。

それはあなたのかけがえのない価値へと向かっていきます。

 

私も、なぜ、このブログを書いたのか、その要因を分析してみようと思います。

聞けば失望感と不安しかない、この時代に、

それでも、新たな商品・サービスの創造と、新しい顧客や、そこから繋がるファンの創造と、

この面倒くささと付き合いながら越えていくだけの価値はあると思うのです。

私は、私を信じてみようと思っています。

 

しかし、なぜ、こんな面倒くせぇ長文書いたんだろうな(苦笑)。
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