Sora2の破壊力に思う残される方向性
子供の頃からお絵描きは好きだったので、
AIの画像や動画生成には興味があります。
AIの凄まじい進化と、過去、個人が蓄積してきた優位性のあるスキルなど全部吹っ飛ぶんだろうな、
を実感しながら、何が残るんだろう?とも何となく考えていて、
その一つとして、
「どこで誰と一緒に何をするか?」
という「場」と「誰」は重要なんだろうな、くらいは思いつくわけですが、
ここに来て、Sora2の登場で以前のバージョンで、苦労していたことが、一撃で解決するのを、この動画で目の当たりにして、
以前のバージョンで重ねた技術スキルは、半年以内で全く関係なくなる、ということをさらに実感しています。
ということは、ますます、
①「リアルで魅力的な場の概念」
②「要もないのに会いたくなる程に魅力的な人」
③「今のスキルを上げるためのAIセミナーには行かない」
に絞り込まれるというのは、一つの方向性としては考えられるのだけど、
「無目的、かつ、楽しい場所、かつ、会いたい人」
になるには、そもそも自分が多くの人から魅力的と思われる人じゃないといけないわけで、
「俺、そもそも魅力的な人じゃないじゃん」
あるいは、
「っていうか、それってただ好きな事を好きな人と遊んでるだけで、それならずっとやってきて、それで今なんだから、変わんねーじゃん。」
という抜本的な問題にぶち当たり、
「絶望するしかない。」
という選択肢も増える予測の今です(笑)。
「やる気」の有無を聞くほど理解できないものはない(苦笑)
「お前は、やる気あるのか!?」
と聞かれる時がありました。
「あります。」
と答えると、
「そうは見えないんだよ!
大体、お前はだな・・・・・」
と、その人の主観や感覚値の否定前提で怒り出すか、
「やる気があるだったら、もっとこうしろ!」
と、さらに面倒な行動量を増やすか、楽しんでやっていることを止めさせられることが要求されるのが分かってきたので、
(なぁんだ、俺の「やる気」の有無が知りたかったんじゃなくて、
怒りたいか、自分の価値観通りに動かしたかっただけだっんだ。
っていうか、聞く時点で何か怒ってたじゃんね。)
ということに気づけたので、次に聞かれた時は、正直に、
「やる気はありません。」
と言えばいいんだ、と思って、
ここぞとばかりに言ってみたことがありました。
案の定、もっと怒り出されて、胸ぐら掴まれて、とんでもないことになった経験があります(苦笑)。
以降、私は、どっちともとれないような曖昧で適当な答えをするか、質問に答えないように喋るようにしていましたが(苦笑)、
「他人のやる気の有無」
なんて、聞いたところでよく分からないし、
本来の目的からすると、どうでもいい前置きを、人は何で聞きたくなるのか、
私はまだよく分かっていません(苦笑)。
例えば、いかにもグダグダの見た目で「やる気ない」けど、他人の3倍の行動量だったら、
「やる気」はあるんですかね?ないんですかね?そもそも「やる気」の有無の問題はあるんですかね?
私はいまだによく分かっていません(苦笑)。
