ダラダラとやり続けていればいつか圧倒量になる(笑)
「いつやってるんですか?」
と聞かれることがあるんですけど、
ちゃんと決めたり、計画的だったり、ルーティン化や仕組化できる能力はないので、
「できる時に、適当に、ダラダラと、ずっと。」
と答えるんですが、実際そうなのでそれしか答えられません(苦笑)。
でも、圧倒量をこなしてる人って、私の知る限りだけど、昔からそういう人が多くて、
折り目切り目、とか、バランスいいとか、規則正しいとか、そういう人じゃないんだよなぁ。
私が人の圧倒的価値を探るのに、その人の人生の系譜の『「事実」と「感情」』をしつこく聞くのは、その影響があるのだと思います(苦笑)。
「何で伝えるか」の前の「何を伝えられる人か」の絶望感(苦笑)
AI動画にせよ、砂浜に描くラクガキにせよ、
ひいては、ブログに入力する文字も、喋る言葉も、SNS発信も、ライブ動画も、
たくさんある全てはアウトプットの手法なわけで、それは、
「なにで表現するか」
のバリエーションであると言える。
問題は、その根幹である
「何を伝えたいか。何を伝えられる人か。」
であって、それはまさしく、
「日々と、その連続である人生で何を積み重ねてきたか?」
が問われることであり、
だから、私は、昔からベラベラ喋ったり、お絵描きして喜んでるだけで、
積み重ねたものが何もない問題があることに、この便利になった時代にようやく気づいてきて、
いささかの手遅れ感と絶望感に満ち溢れています(苦笑)。