不完全でイタイが価値になる可能性はあるのか?(笑)


今日、会った、イタイおじさんが無性に愛おしくて、自分で描きたくなりました(笑)。

誰もが、AIで、綺麗で完成度の高い画像ばかりを出してると、

頑張っても、不完全で下手で無価値な絵を描けることが、自分の存在を認識できるような気がして、無性に描きたくなる(笑)。

もし、「イタイ」価値を見直すことが価値になるとしたら、

傍から見たらイタイだろう私にも(笑)、誰にも、十分に勝算がある時代ともいえるぞ(笑)。

「マイナス」の「マイナス」は「プラス」だし、

「裏」の「裏」は「表」であり、

「言えなくもない」は「言える」のであるのだから、

今こそ「無価値」の「無価値」は「価値」という論法は成り立つんじゃないか?

と「言えなくなくもない」?(笑)。

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クリスマスから学ぶ経済学③『教育が大事と言うなら、口じゃなくて行動で見せろよ』(苦笑)

クリスマスイブの日には、

つくった「TOSBO君」フィギュアが動き出して、冒険してるうちに、知らない大きな家に迷い込で、

そこで見るのは、準備されたたくさんのプレゼントで、フィギュアが大事なことを学んでくれるといいなぁ、と思う。

願うばかりで、私は自分にプレゼントされてればいいなぁ、とばかり思ってるから、分身のフィギュアに教えてあげられない(苦笑)。

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クリスマスから学ぶ経済学②『人に言うなら、まず自分でやれよ』(苦笑)

「サンタさん、クリスマスの日には、どうかプレゼントを持ってきて下さい。」

と、最初は、依頼やお願いという謙虚な立場でお願いしておいて、それを一回でも相手がしてくれると、いつの間にか、

やれ、

「サンタクロースなら、クリスマスの日にプレゼントするのは当たり前だ。」

だの、

「サンタクロースなのだから、子供の夢を叶えるべきだ。」

だの、いつの間にか、自分がやって欲しいことを、

さも美麗語句として合っているかような言い回しで、

自分はなにもせず、他人の労力や命を使って当たり前を前提とする、

私のようなウスラ馬鹿がいたら(苦笑)、

もし、私がサンタクロース側なら、

「じゃあ、自分でサロンクロースやって、ご立派な行為を延々としてりゃいいだろ。

なんで、ロクな報酬もない事を、私がいつまでもやってなきゃいかんのですか?

一人で勝手にずっとやってりゃいいだろ。

私が君に与え続けるだけの理由が君にはないのだよ。

そもそも君は他人から選ばれてもいないし、何の依頼もされてない無能だろが。」

と言って関係を断ちます(苦笑)。

だから、私にはサンタさんは来てくれないのか、と、分かってきました(苦笑)。

もし、今年も来てくれなかったら、せめて、自分で自分にだけは、自分サンタさんになれる訓練だけは始めようと思います(笑)。

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