不完全でイタイが価値になる可能性はあるのか?(笑)

今日、会った、イタイおじさんが無性に愛おしくて、自分で描きたくなりました(笑)。
誰もが、AIで、綺麗で完成度の高い画像ばかりを出してると、
頑張っても、不完全で下手で無価値な絵を描けることが、自分の存在を認識できるような気がして、無性に描きたくなる(笑)。
もし、「イタイ」価値を見直すことが価値になるとしたら、
傍から見たらイタイだろう私にも(笑)、誰にも、十分に勝算がある時代ともいえるぞ(笑)。
「マイナス」の「マイナス」は「プラス」だし、
「裏」の「裏」は「表」であり、
「言えなくもない」は「言える」のであるのだから、
今こそ「無価値」の「無価値」は「価値」という論法は成り立つんじゃないか?
と「言えなくなくもない」?(笑)。
クリスマスから学ぶ経済学②『人に言うなら、まず自分でやれよ』(苦笑)
「サンタさん、クリスマスの日には、どうかプレゼントを持ってきて下さい。」
と、最初は、依頼やお願いという謙虚な立場でお願いしておいて、それを一回でも相手がしてくれると、いつの間にか、
やれ、
「サンタクロースなら、クリスマスの日にプレゼントするのは当たり前だ。」
だの、
「サンタクロースなのだから、子供の夢を叶えるべきだ。」
だの、いつの間にか、自分がやって欲しいことを、
さも美麗語句として合っているかような言い回しで、
自分はなにもせず、他人の労力や命を使って当たり前を前提とする、
私のようなウスラ馬鹿がいたら(苦笑)、
もし、私がサンタクロース側なら、
「じゃあ、自分でサロンクロースやって、ご立派な行為を延々としてりゃいいだろ。
なんで、ロクな報酬もない事を、私がいつまでもやってなきゃいかんのですか?
一人で勝手にずっとやってりゃいいだろ。
私が君に与え続けるだけの理由が君にはないのだよ。
そもそも君は他人から選ばれてもいないし、何の依頼もされてない無能だろが。」
と言って関係を断ちます(苦笑)。
だから、私にはサンタさんは来てくれないのか、と、分かってきました(苦笑)。
もし、今年も来てくれなかったら、せめて、自分で自分にだけは、自分サンタさんになれる訓練だけは始めようと思います(笑)。