失敗のリスクを最も減らし、且つ、最も有効な目標設定の考え方(笑)
今年のクリスマスプレゼントにはコレが欲しい(笑)。
同じ目標を公言するなら、誰もが絶対に無理だと思うけど、自分だけは絶対に可能だと信じられるものが、
実は最もノーリスクで、実現したらその成果は圧倒的になる。
私で言うなら、家業廃業した直後に、興味本位程度の他人から、「どうすんだ?これから何やるんだ?」と聞かれて、
「上場する。」と言ったら、「何を夢みたいなこと言ってんだ。だからダメなんだよ。」と、誰にも言われたけど、
実現したら、誰も何も言わなくなったどころか、「お前なら必ずできると思ってた。」にひるがえったりする(笑)。
その人がダメなんじゃなくて、人の評価なんて、その程度である。
そういう経験から、同じ言うなら、大風呂敷広げて、ブチ抜いたことを言うのが、最もリスクヘッジできて、効率的かつ効果的である、
ということを日頃から、人様に言ってるからには、
まだちょっと無理なんじゃねぇか?
と誰もが思う、プレゼントを設定しておけば、
ダメで元々、できたら夢が叶う、となる自分でいなきゃいけない(笑)、と反芻した結果、
今年のお願いは、コレにすることにしました(笑)。
バカにする奴は、ホントにプレゼントされても、乗せてやらんからな(笑)。
できる、できる、私は必ずできる(笑)。
サンタさん、お願い(笑)。
クリスマスの時期に想う「言葉の基準」の重要度(笑)
もう60年近く、ずっとずっとお願いしているのだから、いい加減、お願いしますよ、という一年に一度の季節がやって来ましたが、
考えてみれば、私は、「やり続けた」「継続」「やったか、やってないか」といった概念の、定量的な定義を、
・回数で言えば、1,000回、
・日数で言えば、1,000日、
・人数で言えば、1,000人、
・投機と投資の期間の違いを、1,000日未満か、1,000日以上か、
など、大体は「1,000」という単位をもってして、「やってみた成果があったかなかったか」がやっと分かる、
という個人的な経験則からの基準を持っていて、
それは、才能も能力も高くて、一撃必殺で成果を出せたり、常に成功できる人ならいいけど、
私が凡人に他ならない統計値だからで、
もしそれが一般的な統計値だとすると、サンタさんから、
「60年やってきたっていうけど、たかだか1年に一回、都合のいい時に60回だろ・・・・。そんな程度でやったって言われてもなぁ・・・・・。」
と言われても、仕方ないよな、と気づいたので(笑)、
今年はせめて1カ月前から、1,000回に近づけるように、努力したいと思っています(苦笑)。
問題は、1,000回やったら成果が出るとか、成功する、のではなくて、
1,000回やってみて、やり続けていいかどうかがやっと分かる、という前提であることです(苦笑)。
まぁ、自分の人生の統計値を信じて、やるだけやってみましょう(笑)。
無意識を意識化することなんてできるのか?(苦笑)

いつも歩いていて、知っているつもりの道でも、
いつもと違う時間や、一緒に歩く人がいることによって、
あれ?こんな建物あったっけ?と、新たに気づくことがある。
それだけ何も考えずに、注意力散漫で生きているということだな、と思うわけで、
かと言って、「これからは意識して生きよう」と思ったところで、
無意識は「無・意識」なのだから、それを意識化することは不可能で、
だから、仕方ないと諦められるか?、というと、そうとも言いたくなく、
「これからは意識します。」
とか言いたくなるのだけど、
自分はやろうと思えばできるんだ、という自覚がしたい感情から、そう言いたいだけで、
現実には、無意識なんだから意識などできないよな、と、こういう時に自分に思うので、
同様に、他人が、「これからは意識します。」と言っても、いや口で言ってるだけで、本気で自分でできるとは思ってないよね?
できるとしたらどうやって?他人に管理してもらうしかないでしょ?と思う自分がいます(苦笑)。
他人に管理してもらうしかできない自分も知っているのだけど、
他人から管理などされたくないのもまた自分だったりもして、
だから、他人から管理されるのが嫌なら、成果は求めない方が、自分には健全なのだろうと、こういう時に思います(苦笑)。