自分に都合の良い教訓を後付けにする程度(苦笑)
用事を済ませに名古屋駅に。
予測していたとはいえスゴイ人・人・人で、
一体、どれだけの人が、何の用事で外に行ったり来たりしてるのか、一人づつ聞いてみたくなります(笑)。
自宅近くの、のんびりした雰囲気とは別に、事務所から徒歩5分程度の距離で一気に年末年始の喧騒に変わって、
あぁ、こうして通常になっていくのだなぁ、と思います。
商業施設も駅の売店も、初売りが始まっていて、多くの人が利用していて、
売っている側で仕事している人は、お正月も通常通りにお仕事しているのが普通なのだろうなぁ、と、思います。
毎年の定番だと思い込んでいた、名古屋JR高島屋のエントランスディスプレイは今年はなくて少し驚きました。
私も、東京のファッションビルでアルバイトしていた大学生当時や、
10年前のリサイクルショップ経営当時は、年末年始の境目はないのが普通だったわけで、
世間の通常とは違って落ち着きはありませんでした。
いつの間にか、仕事しているのが普通の時があるし、
仕事していないのが普通だったりするわけで、
人の「普通」というのは、改めて、その人の環境によって変わるものと思います。
新しい年になって、人によっては、色んな決意や計画はあるのだと思いますが、
もし今までとは違う変化を意図するなら、
私のような、意志が弱かったり、計画性もへったくれもない人間は(苦笑)、
手っ取り早いのは環境を変えてしまうことなのだろうな、と思うのは、
そういう経験から認識しているのかもしれません。
人は、成功法則を、
「継続は力なり」とも言う人もいれば、
「変化が常態」とも言う人もいて、
どうも、私には、その時々の刹那的な都合でモノを言ってるようにしか思えなかったりしますが(苦笑)、
そんなことは、かく言う本人の私なんて、どっちも意図的・計画的にできたことはなく(苦笑)、
目の前に現れてしまったことを仕方なくやっていることを、
自分に都合良く当てはめて肯定化していた程度だった人生の系譜の私がとやかく言えることでもないわな、とも思っていて(苦笑)、
もう今更なので、恐らく、今年も、自分に都合の良い言い分を自分に言い聞かせて、
あたかも人生の教訓だと思い込むのだろうなぁ、と予測だけはしておく程度に思っておこうと思った名古屋駅と商業施設の年始風景でした(苦笑)。
絶対的な一つの正解はコレだ!
などと言えるリスクは私には到底背負えそうにありません(苦笑)。
健全で幸せの定義を教えらるお正月(笑)
娘と息子が帰省していて、家族で氏神の貴船神社にご挨拶に行ってきました。
徒歩3分程度ですが、さらに小山の上にあって階段を上るのに疲れました(苦笑)。
地元の人達がちらほらと訪れていて、穏やかなお正月の風情が漂っていました。
人が途絶える瞬間を狙って、息子に撮ってもらいました(笑)。
初詣に行って、食事をして、寝る、という平和で健全なお正月です(笑)。
以前は元旦から仕事で、時間に追われながら動いていた時は、「日本人は仕事しろよ」とその状況は健全だと思い自己肯定していましたし、
胃潰瘍で緊急入院した年は、それはそれで稀な経験として、最初にこんなんなら、今年は健全でいられるなと捉えましたし(笑)、
何もなく、ダラダラと過ごすお正月は、それはそれで平和で健全らしいな、と思うわけで、
まぁ、刹那的なその時その時の状況を自己肯定しておけばいいのだろうな、と思います(笑)。
お正月に明確な目標を立てる人は「一年の計は何たら」といって、あなたもそうした方がいいというし、
継続が大事だと言っている人は、そんな大それたこと考えることなく日々の継続を大事にすべし、君もそうあれ、というし、
何もしない人は、それが贅沢な時間だから、そういう時間を大切にして欲しいというし、
海外にいる人は、それが人生を創るというわけで、
お酒を飲んでいる人は、それが幸せな時間だし、
正月から勝負に出ている人も、勉強している人も、それが今やるべきことであり、私の人生だ、と言い切るわけで、
要するに、自分のやっていることが、何であれ、健全であり幸せだと思い込んでおけば、
幸せで健全ということなのだろうな、と思うわけで、
だったら何でもいいから、今の自分は健全で幸せだと思って、
氏神様に、1月3日も、健全で幸せでありがとうございます、とお礼を伝えておきました(笑)。
落ち着きはすぐには落ち着かない(苦笑)
事務所から徒歩1分程度、
子供の頃から慣れ親しんでいる水野神社に新年のご挨拶に行ってきました。
都合のいい時だけお願いするのも気が引けるので(笑)、
一年のお礼だけお伝えしてきました。
60歳になる今年からは、そろそろ落ち着いた大人の男性にならないといけないと思って、
まっすぐ立ちましたが、
帰省した息子と一緒だったからか、ついつい若い気になって、顔はいつもの変顔になっていました(苦笑)。
悪き習慣はたいして変えられないと思い(苦笑)、
少しづつゆっくり着実に進めていける一年にできればいいなと思いました。
一応、皆様の幸多き一年だけは無理を承知で神様にお願いしてきました(笑)。