兎にも角にも、まずは自分の立ち位置から
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ある方とアホ話をしている中で「あぁ、そういうことだよなぁ。」と、思う話がありました。
曰く、
「私も、誰かに対して『憧れ』を持ったり、誰かを『目標』にするということはとても大切だと思うし、その人のやっていることを実際にマネして形から入るというのは極めて有効だと思います。
憧れを持てばいいし、目指せばいいし、真似ながら、自分のものになればいいと思うのです。
しかし、『目標』を持つというのは、同時に自分の『現状』や『今』を客観的に自覚しなければ、どうしたら目標まで行けるのかの『課題』や、自分は何が足らなくて何を『努力』すれば良いのかが見つかりません。
自分の『今』を知るということは、自分の良い所を自覚するのは当然だけど、自分のダメな所も自覚するということです。
自分を知るというのは、自分がなりたい姿を追うだけではなくて、なりたい自分になるには自分には足らないところ、まだまだダメなところも全部ひっくるめて自分を自覚し認めるということです。
憧れたり目標にしている人のようになりたい、という気持ちだけで、簡単にその人と同じことをただやれば、そうなれると勘違いしている寒い人・痛い人・救えない人と言われるような人はたくさんいます。
本物とされる人というのは、他人がやっていることや、言っていることが、表層だけなのか、本物かどうかを感覚的に見抜く力を持っているものです。
そういう意味で、私から見れば、坪井さんの場合は◯◯だし、□□さんは△△にしか見えないし・・・・・、」
みたいな感じで話が次に展開していったのですけどね。
私も、自分のことは棚に上げて(苦笑)、人のやっていることを見ては、心の中で勝手に違和感を感じたり、頭わり〜なぁこいつと思うことはあったりするわけです(笑)。
分かった、分かった、いいから、おめーは、まずは分をわきまえろよ、みたいな風に思っちゃう時とか(苦笑)。
まぁ、そういう時は大抵、この方が言ったことに該当しますね。
自分と相手の差や違いを認識するということは、要するに、相手をちゃんと観ると同時に、自分を自分で客観視しようとする目を持つのと同じなわけです。
まぁ、最も簡単なのは、自分にも他人にも分かりやすい実績は何ですか?ということになるんでしょうけどね。
ただ、最初はどう思われようと、やり続けて誰もが認めるだけの実績ができ始めると、やっぱり最後は誰からも認められる人になっていく、ということもあるのだから、どうあれ徹底的に継続することなんだとは思うんですね。
誰から何を思われようと、言われようと、淡々と継続するってことは、誰かの目を気にするとか、どう見られたいとか、そんな動機よりも、やっぱりやりたくてやってるだけという「好き」で進めるのが一番という結論に私はなるんですけどね。
と、いうことを考えながら、以前に東京で撮った、ルイ・ヴィトンのウィンドウのモデルさんのポーズを真似ているアホ画像をやっと出せると嬉しく思うのでした(笑)。