自分の実績のステージを認識できるかどうかがサービス提供の前提

 

そりゃ、例えば、絵も描いた事がない人が、

「こんなに簡単に絵を描ける!」どころか、

目の前で、こうしてスイスイ動くのを見りゃ、「すごい、私はこれから何でもできる!」

と感動してしまう気持ちは分からんでもないし、

だから、「AIビジネス活用法」を言いたくなる、あるいは、「AIを教えることをビジネスにすればいいんじゃないか?」、と考えるあたりまでは、その人の勝手だから、まぁいいんだけど、

こっちがその気もないのに、あまりに、自分で信じ込んで一所懸命言ってこられると、

「活用した結果、あなたは、AI使用前と使用後の、具体的なギャップはどれくらいなんですか?」

と「実績」を確認するしか手がない。

でも、せいぜい、仕事が効率化したとか、時間に余裕ができた、とか、便利になった、程度くらいしかないのは分かっている、

というか、あれば、既に数値実績を盾にしたアプローチするだろうと思ってるもんだから、

だから、私は聞くことすらしません(苦笑)。

しませんが、言えば言ったで、「傷つける」「意地悪」「わざわざ言わんでもいい事を言う必要はない」と思われるリスクがあるし、

言わなきゃ言わないで、分かってて、ずっとそれをやり続ける姿を露呈させるようなことしていいのか?とも思うし、

どっちが優しくて、どっちが冷たいんかな?と思うことはあります(笑)。

人は、見ず知らずの人に対してコンテンツを売ろうとしたら、

結局のところ、それをやった結果、何がどうなったのかの、具体的かつ事実に基づいた「数値実績証明」にしか人は興味はないのです。

関係がゼロベースだと、成果を前提する、且つ、自分の欲する「実績」のない人からは、買う理由がない、

というのが、購入する側の本音というのは、誰もが分かっていると思うのです。

だとすると、

①「AIを使えるようになることを目的」にする人が、既に使っている人に聞く。

②「AIを使って何かをすることを目的」にする人が、既に何かをしている人に聞く。

③「AIを使ってビジネスで具体的成果を出すことを目的」にする人が、既に具体的成果を出している人に聞く。

という3段階があるとしたら、「提供する側の認識」と、「依頼する側の認識」の組み合わせという、AI以前の根本的な思考の問題だと思っています。

自分が①なのに、ついつい③を言った方が効果があるだろうと意図する発信というは、私はあまりに共感ができません。

となると、

①そもそも、何をやっても成果を出せる人が、AIを使ったから成果が出る。

②AIを使えば成果が出ると思うから、AIを使いたい。

という、二極という、そもそもの仮説が出て、

結論的には、

「じゃあ、俺、元々がダメだから、何やってもダメなんじゃん。」

という絶望を自覚せざるを得ない自分がいて(笑)、

でも、それはとても悲しくて怖いから(笑)、

よって、私の場合は、

「そもそもの問題は、見て見ぬふりして、なんとんなくできそうな気がする」希望程度はもって、

「遊んでるだけ」に留めておくのが、自分を傷つけずにいられる安全圏だと認識しています(笑)。

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