2026年の適当目標⑥「血の通った人間になる」(苦笑)

「やっぱりAIだけじゃ、血の通った人間らしさが伝わらないから、云々・・・・」

っていう話は良く聞くんだけど、

そういう人は、通常でAIを使ってるからこそ、そう思えるんでしょ、と私は思うわけで(苦笑)、

ってことは、それ言ってる人は、「血の通った人間」よりも「便利な機械やAI」を選択してる時間が増えてるんじゃんね、とフと思ってしまう私がいて(苦笑)、

自分は「血の通った人間らしさ」より「便利で手軽なAI」を選択しておいて、

人には、自分の「人間らしさ」を出せってのは、とても無責任なんじゃねーのか?と思ってしまう、歪んだ心の私がいます(笑)。

この「歪み」は、私はとても「人間らしい」と思うんですが(笑)、

でも、こういうこと言うと、何となく嫌われそうな気もするんですけど、いいんですかね?(苦笑)

余程、好きで好きで大好きで一緒にいたい、とか、

あの人のことがいつもいつも気になる、と思える程の限られた相手なら、そりゃ「血の通った人間らしさ」とやらは望むでしょうが、

それ以外のほとんどの人に対しては、自分の都合の良い時だけいてくれればいいや程度(苦笑)で、

他人の「人間らしさ」なんてのは「面倒くさい」と認識するのが現実ではないのか?と、

自分の本音を鑑みてしまう私は、

私の代わりの、私のような顔をしたAIがいて、人と関わってくれた方が、

やっぱり、人に役立てて、人からは好まれるんじゃないか?と思うわけです(苦笑)。

何しろ、人から選択もされないし、関われば関わったで、人の期待に応えることができないどころか、人を嫌な気分にさせてしまう、

という、挫折と絶望に見舞われる確率が高くなる傾向にあるように思うことが多くなってきました(苦笑)。

よって、気が付きゃ、2026年も10日以上が経ってしまって、

あぁ何か、そろそろ何か動き出さないといかんのかなぁ、となってきてるのだけど、

そういう「人間らしい」いらぬ感情(笑)も、あと数年もすれば、

「今年の自分の、相手にとって都合の良い顔バージョン」の新調すればいいだけ、

という時代が来ることを期待して、今年も、せめて目の前に現れたことでやれることは全力でやらなきゃいかんよな、と思うのですが、

これは「血の通った人間らしさ」として求められる思考なんでしょうかね?(苦笑)。

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