聞くほどに哀しみに包まれた人(苦笑)

社会人になって、まだ3年目くらいの当時、
あるイベント後の懇親会で、全国から集まったお客さんを接待する場があって、
割り振られた席に、パープルのスーツに、モスグリーンのシャツという、80年代の下品極まりない(笑)スタイルの人がいて、
「僕はねぇ、事業部長の〇〇さんとか、営業部長の〇〇さんとか、そういう立場のある人としか、仕事の話はしたくないんだよねぇ。」
と気持ちよさそうに喋っているのを、うんうん、と聞いてるふりしながら、
何ともしてあげられない哀しみに包まれながら、
「この人、可哀そうだなぁ。」
と、思った(笑)。
自分は本来、立場のある人と同格以上であることを、自分で言わないと保てない理由を、
立場もへったくれもないペーペーの私に、喋るしかない現実がとても哀しく見えたし(笑)、
この人だけの、すごいコンプレックスがあるか(苦笑)、
自他ともに認められる実績を出すまで努力すらできないか(苦笑)、
あるいは、本人基準で努力した自覚はあるけど、報われていないと思っているか(苦笑)、
何もしないけど、他人には高尚な人であると認められたいか(苦笑)、
自分と人を、序列でしか存在を認識できないか(苦笑)、
どっから考えても、一生、満たされず、その解決は何ともならないだろう、という哀しみに包まれてしまうのでした(苦笑)。
以来、私はファッション業界にいながらにして、あまりに流行最先端を意識した装いをしている人に偏見を持つようになってしまったり(笑)、
誰からも聞かれてもいないのに、自論を誰かに喋るのは哀しいことだと学んだのでした(苦笑)。
せめて、頑張ってくれ生きていてくれて、幸せになってくれていることを願うことくらいしかできません(苦笑)。