憧れと絶望のファッション哲学・38「スタジアムジャンパー」

1970年代、中学生の頃に、アメリカのサブカル文化が日本に入って来て、その中の一つ「スタジャン」の存在を知って、
分厚いウールメルトンの身頃に、袖がレザー、リブのスポーティなラインや、誇らしげなデザインのチームレターや自分のナンバーと、
そのいかにもアメリカの学生らしい匂いがプンプンする雰囲気とカッコ良さに魅了され、
いち早く取り入れている街のシャレ者のお兄さん達が着ているのに憧れました。
高校時代に色気づいて、ファッションに興味を持ち始め、東京の大学時代には、
バリエーションが多すぎる世界中のスタジャンを集めたいと思うようになって(笑)、
毎日のように、渋谷・原宿・上野と俳諧していました。
「スタジャン」は和製用語で、本場アメリカでは、バーシティジャケットとか、アワードジャケットとか、レターマンジャケットとか、正式名称が曖昧で固定されていないことも知っていきました。
当時はお金がなくて、指をくわえて見ては、憧れは募るばかりでしたが、
大人になって、少しづつ買えるようになって、
いくつかのバリエーションを着用できるなった頃には、すっかりオッサンになっていて(笑)。
青春時代の象徴のようなスタジャンが、一番旬で輝いて見える年齢を逃していることに気づきます(苦笑)。
人生とはそういうものなのかも知れないな、とスタジャンを羽織る度に、切ない感傷にふけったりします(笑)。