「AIがつくったスゴイ」は「自分がスゴイ」のか問題の結論(笑)
AIに自分の情報をインプットして、
その情報をAIがアウトプットした時に、
自分が予測していた以上のパフォーマンスが出てきて、スゴイと感動するというのは、
毎日のようにあることだけど、
それは、果たして、
「自分のアウトプット」として、自分という人間の価値が上がって、スゴイと言えるのか?
そういう機械を使いこなせる自分がスゴイと言いたいのか?
という問題において考えることはあるのだけど、
自分の持っている能力以上のアウトプットができたと思えて、かつ、評価されたなら「作った私がスゴイでしょ。」と自分の手柄にして(笑)、
評価が得られなかったり、AIの一人歩きで、あらぬ悪いことが起きると、「それは私じゃなくてAIが勝手にやったことだから、やっぱりAIだとダメなんだよね。」(笑)、
と都合よく使い分けるのが、市場価値において、最も人間らしいのだと思うわけで(笑)、
それは紙における、技術革新によって、効率化されたり、便利になったりする時の、いつの時代も普遍なのだろうな、とも思えるわけで、
要するに、どっちにしても
「人間社会の中で、自分には価値がある」
と、根拠もなく、ただただ純粋に100%で思い込んでおけば、
いつの時代であれ、人生は幸せなんだな、
ということで、落ち着いているところです(笑)。