「意図しないこと」を意図したら、それは意図なのか?(笑)
「そんなことに意味があるのか?」
と思うことは往々にしてあるけど、
時に、
そこにそれがあることの意味が分からないモノを見つけてしまって、
が故に強烈な興味を持ってしまうこともあるわけで、
軒先に派手なロッカーが当たり前のように置いてあったら、強烈に興味が湧いてしまうに決まってるわけです(笑)。
まぁ、一般にいう認知不協和というやつですが、
もし、仮に、ここにこれを置いた人が、私のような者が興味を持つかもしれない、と意図していたら、
それは意味があるということになります。
意味がないと思えることに、意味が宿っているわけですね(笑)。
まぁ、この場合は、そんなことないだろうけど(笑)。
何かを意図してやっていることが、意図通りに行く場合と、
何も意図していないのに、気づいたら意図もしていないような成果や嬉しいことがある場合と、
どっちがいいか?と言われれば、私は後者の方がいいですね。
例えば、人に認められたいからやってるのと、
ただやってたら結果として人に認められちゃった、というのと、
どっちがいい、とか。
例えば、ビジネスに活かしたいから、ブログやSNSやるというのと、
ブログとかSNSでただ発信してたら、ビジネスになっちゃった、というのと、
どっちがいい、とか、
そういうことです。
私は、できているかどうかは別として、できれば後者の状態でありたいなぁ、と思うわけですが、
思った時点で、それは、意図しているってことにならねーか?とも思うわけですね(笑)。
そういう意味で、このロッカーは、置いた人が、仮にただ置いただけだとしたら、それは天才なんじゃないか?と思ってしまうわけですね(笑)。
そんなことを考えながら、フと下を向いたら、
ボタンフライが開きっぱなしでした(笑)。
正真正銘、意図していませんでした(笑)。
でもね、こういうのって、誰も気づかないなら、別に開けっ放しでもいいんじゃねーか?
と一瞬思って、
でも、そういう問題でもねぇんだろうな、とも思って(笑)、
慌てて、ボタンを留める自分に、
世の中のほとんど全てのことは、どぉでもいいことばっかりなんじゃねーのか?と、
どこからか声が聞こえてくるような気がするのでした(笑)。
まぁ、いいや、どぉでも(笑)。