親身の教育は無責任が前提である。

仕事で神戸の本社に勤めていた25歳当時、
独り住まいの私の部屋に、東京から出張して来た13歳年上の上司が泊まりに来たことがあった。
ヘマばかりしている私を、親身になって教育してくれているだろう、その方なりの立場と気持ちは理解してたものの、
私の事を「目の敵」とでも思っているんじゃないか?という日常からの印象がある人だった。
部屋着に着替えて落ち着いたくらいで、私の部屋の中の色んなモノを、物珍しそうに物色しながら、
一つのフィギュアを手に取って、寝転びながら、呆れたような笑みを漏らしながら、
「ツヴォイはさぁ、趣味とかはないのか?」
と聞いてきた。
「趣味と言えば、こういうことが趣味です。」
と言ったら、
「もっとさぁ、仕事に役立つような趣味とかはないんか?例えばゴルフとか・・・・。はぁ、もう寝よ、寝よ。」
と言って、一つしかない私の布団で、スース―と寝てしまった。
私は畳の上で寝ながら、
(いつも言いたいことだけ言いやがって。それなら、趣味じゃなくて、仕事じゃねーか。)
と思う反面、
(やっぱり私は、どっかで社会不適合者で、社会でやっていけないのかなぁ・・・・。)
と、劣等感や自信喪失に包まれながら、畳の上で寝た。
そんなようなことは、親から、先生から、友人から、先輩から、上司から、
人生の時系列に応じた、その都度の「まともな人や、まともな立場の人」の言葉から、いくらでも感じていた。
社会に出て、入社2~3年目の若造にとって、10年以上も先輩で、上司かつ営業部門長の言葉は「絶対」で、私はきっとダメなんだろうな思った。
それから、20年以上経った頃、紆余曲折の末に、私は東京証券取引所で株式上場の鐘を鳴らしていた。
そのビジネスモデルは、古着があって、フィギュアがあって、古本や写真集が雑多にあって、
原型たるあの時の部屋の世界観の延長線上だった。
上場経験は、単に「運」が良かっただけのことは当然分かっているけど、あの時の鐘の音は、
「君はちゃんと社会に適合できる『まともな人』だよ。」
と認めてくれた音のように思えた。
いつか機会があれば、あの上司の方にも、自慢げに嫌味ったらしく報告できればと思いつつ(笑)、
ある日、人づてに、その方は亡くなったと聞いた。
病気をされ、早期退職され、人生でやりたいことをやりたいと言って、世界を旅していて、旅先から手紙をもらったそうだ。
考えてみれば、もうお互いにそんな歳なのだ。
もちろん、反骨心も含めて、あの方が影響してくれた経験のお陰だという感謝の気持ちはある。
反面、歪んだ心の私は(苦笑)、
どんなに親身になった教育も育成も無責任だよな、と、そっちの気持ちの方が強い。
あの時、好きになれなかったゴルフを、必要な趣味だと自分の気持ちに嘘をついて費やしていたら、
恐らく私の人生における劣等感や自信のなさは克服できていない。
前提の感情が、いかに親身であろうと、その人なりの大切な教育であろうと、
その感情においては「ありがたい」と思うことすれ、
刹那的な無責任な感情であったり言葉である限界は変えられない。
人は、言いたい事だけ言って、勝手に死んでいく。
「親身の教育は、無責任が前提」
なのである。
私は、そう思って、口は悪く(苦笑)、謙虚な気持ちはできるだけ忘れないようにして、
ご依頼頂けた他人様の経営に関わっているつもりです。
故に、このブログも無責任な自己主張があるだけです(苦笑)。