知っている知識を全部教えることが正しいとは言えない(笑)

昨日の東京でのお仕事の帰りに、光る東京タワーを口から出してみようと思って、

自撮りしてたんだけど、なかなか上手くいかなくて、

ちょうど一緒にいた(株)ウィザップのバブこと藤田君に、「撮って」とお願いしました。

 

初めて撮らされるバブは、東京タワーが完璧に口径に合うように意図するも、撮っては、

「こ・・・、これ難しいなぁ。」

と日頃の私の苦労を理解しながら(笑)、予想外の完璧な一枚を撮ってくれました(笑)。

 

その様子を見ながら、

(そうか、あれこれ全部教えるのでなく、目的に対して、本人が創意工夫しながら、一つ一つ色んなことを憶えて、完璧にできるようになっていくんだな・・・・。)

と教えられました(笑)。

 

その日、ずっと心残りだったことの一つを思い出しました。

向かう途中の山手線の品川ー浜松町の車両の中で、

ママに抱かれた二歳くらいの男の子が、一番前の車両の前部窓から、

モノレールや新幹線を見つけては、「あ、モノレールだぁ!新幹線だぁ!。」と、まだ発音もたどたどしく嬉しそうにはしゃいでいました。

手に持ったプラレールの新幹線を振りながら、

「コニカ♪コニカ♫プラレール♬

コニカ♪コニカ♫プラレール♬」

ずっと歌っていました。

 

それを微笑ましく見ながら、どうしても

「ねぇ、ボク、それを言いたいならね、『コニカ』ではなくて、『トミカ』なんだよ。

コニカはね、もともと日本のフィルムメーカーでね、2003年にミノルタと合併してね、今はコニカミノルタになっててる日本の電気機器メーカーなんだよ。

手に持ってる新幹線のオモチャはね、『トミカ』って言うんだよ。

だから、歌うんならね、『トミカ♪トミカ♫プラレール♬』が正しいんだよ♡。」

と、どうしてもちゃんと教えてあげたくなったのですが(笑)、

余計なことかもしれないと躊躇して、言うのをやめたのでした(笑)。

 

本当にそれで良かったのか?

私は、自分がどう思われるのかという保身の為に、相手の間違った知識を教えてあげなかったのは本当に正しい判断だったのか?(笑)

 

そんな自己嫌悪の気持ちと共に、この日一日、ずっと頭の中で

「トミカ♪トミカ♫プラレール♬」

とリピートし続けていた悪夢は、バブが撮ってくれた会心の一撃のおかげで、払拭できたのでした(笑)。

 

まだできていないからといって、全てを教えるのではなく、

その人が自分でできていくことが成長であり、喜びであることを、

改めて教えられるのでした(笑)。

 

 

あの男の子、いつか、『トミカ』とちゃんと言えるようになるといいなぁ(笑)。

元気に楽しく、すくすくと育ってね、と、心から願うのでした。

 

まだ、頭ん中を「トミカ」の歌が巡っていますけど(笑)。

願うばかりです(笑)。
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情報は、時によって「適当」、時によって「克明」(笑)

(株)ウィザップ東京支店さんの営業研修に行ってきました。

恒例の、3F営業フロアーのエレベーター空いて、すぐ正面に現れるウェルカム・ホワイトボード。

今日は何が描いてあるのかが、もはや私の楽しみです(笑)。

さらに、それに乗じて、私も落描き追加するのが、恒例の楽しみです(笑)。

 

んで、今日は何が書いてあったからというと、

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

「今日のテーマ」は今話題の素敵な映画ってことで、バブこと藤田君がご丁寧にイラストまで描いてるけど・・・・・、

気持ちは分かるけど、そりゃいくら何でも、違うだろ(笑)。

ってことで、それを描きたいなら、こうだろ?と、

ミーティングの準備してる数分のうちに、バブの絵の隣に、ヒャヒャっと落描きしときました(笑)。

対象は同じでも、全然、別物です(笑)。

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え〜と、情報はできるだけ確実に分かりやすく伝えましょう(笑)。

 

しかし、まぁ、決定的なビジュアルが脳裏に焼きつくと、しっかりとアイコン化されて、

バブが描いたほどにデフォルメされても(笑)、それが何なのか分かるってのは、考えてみればスゲーことだな(笑)。

情報の共有認識が持てるなら、あまり克明でなくても細部までこだわらなくても、伝わるものは伝わるものだとも思うのでした(笑)。

 

 

って言うか、

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こうやって撮ると、俺の絵をバブが描いて、自慢げに見せてるみたいじゃねーかー!?(笑)

 

何となく分かればいいんだな(笑)
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一つ一つの過程をよくよく見ていかないとね

新幹線の移動中です。

外に出る時は人前でアホなこと(苦笑)喋ったりしてますが、

名古屋の事務所にいる時は何かと色々あったりして引きこもってることが多いです。

 

ここ数日、事務作業やら、打ち合わせやらで、新しい書類や情報に翻弄されていましたが、

物事っていうのは、本来の目的や、あるいは本質・根幹をよく理解した上で、一つ一つの作業を進めていかないと、

途中で迷ったり分からなくなったりするものなんだなぁと、改めて思ったりしています。

 

去年までこうだったから、この前はあぁだったから、この話はキチンとしてあったはずから、と自分の認識側で進めていくと、

相手側の事情や基準で意図や意味合いが変わっていることはよくあって、

そうなると、ここでずれたんじゃないか?と思えるとこまで一旦戻ることになるので、それだけで手間と時間と労力がかかります。

物事を進めていく中で、この、一旦元に戻すという行為が最もエネルギーを使ったりしますね。

相手が書類やパソコン内の情報でも面倒だし、相手が人間だったりすると、なおさらですね。

人それぞれ、立場や経験によって、価値観や判断基準が違うわけですから、同じ言葉を使っていてもそれぞれの認識の仕方は違ってたりする。

なんだかんだ言っても、結局のところ、自分基準でしか物事というのは判断できないのだと思うのです。

 

まぁ、だからと言って、この手の話は自分を反省したところで、相手をとやかく言ったところで、進めていく上では何をどうすることもできないわけで、

もう一度、よくよく調べたり、人に聞いたら、理解しようと試みたり、そういう面倒なことを地道に地道に繰り返しながら、

新しいことや、社会というものや、人生というものを学習してしていくんだうなぁ、と思います。

だから、共有できたと実感したり、一つになれたと感じる時には感動するのでしょうね。

 

違いを知った時は、一つ一つの過程の順序を、よくよく見て。

それで分からなければ、よくよく聞いて。

 

一見、ストローを口に入れているよってうに見えて、

実は鼻にブっさしている自分のアホ画像を見ながら、改めてそう思うのでした(苦笑)。

 

よく見よう。よく聞こう。
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