2026年の適当目標⑤「効率化と価値の残酷な相関関係の探求」(苦笑)
効率化の最大の弱点は、誰でも無駄なものを量産してしまうことである(苦笑)。
「誰でもできるようになってスゴイ」は、「誰でもできるのだから市場価値はない」と同義であって、
AIによって一気に量産できるようになって、私の動画発信量は一気に増えたけど、
半年以上、毎日継続した結果、今のところ、「無価値の量産の最たる例」だと、自覚せざるを得ない(苦笑)。
どうして、他人が洪水のように出してくる情報には価値を感じないのに、
自分だけは「作れば求められる」「造れば売れる」と思えるのだろう?(笑)
本来は、「求められるから作る」「売れるから造る」という正論は、誰もが頭では分かってるはずだ(苦笑)。
「自分だけは」に、実績も根拠もエビデンスがないなら無論、あったとしても、外すのが普通なのだから、
未来などという得体の知れない対象に対する方法の成功確率は相当に低い。
だとすると、継続というのは、成果を目的とせずに、「棚からぼた餅」「うっかりバズっちゃったらラッキー」程度と自覚して、
「やりたいからやりまくる」、すなわち「好きだからやってます」「やりたいからやってるだけ」=「好き」「趣味」の領域じゃないと、
やり方や方法を知ったところで、結局やらないのだろうな、というのが健全であると言える(笑)。
だから「やりたいことやった方がいい」となるのだろうけど、
「純粋なやりたいが結果を出す」を「意図」した途端に、
また「方法論としてのあざとさ」が生まれるという矛盾やギャップやジレンマが生まれ、悶絶するわけです(苦笑)。
私個人としては、この悶絶を繰り返すのが好きなので(笑)、
自分なりの法則性を見つけに行く作業を今年は続ける予定です(笑)。
行けると思っても、行けないことの方が多いのが普通(苦笑)
行けると思ってやってみても、行けないことの方が多い。
要は、成果が出るまで諦めずに何回やってみるかという、「量」の問題である。
ただし、人によって、10回に一回の確率で行ける人と、100回に一回の確率で行ける人と、1000回やっても一回も行けない人、
という絶対的な「個体差」という残酷な現実があるわけで、
自分なりの確率が分かるまでやれるかどうかが、まずはやっとの第一段階なわけで、
凡人は、そこまで、まずはやらないと自分という存在が認識できない。
それを、他人の確率の高い成功事例を、自分も同じようにやれば行けると思い込む前提が間違いなのである。
そんなことは分かっているけど、私はすぐに心折れるから一回とて成果は出ない(苦笑)。
