光もあれば影もあるけど、両方見るには意図しないとできないもんね

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光があれば必ず影があるように、物事は必ず二つの側面がある、と私は思っています。

メリットがあれば必ずデメリットはあり、得があれば損があり、善があれば悪があり、生があれば死があり、朝が来れば夜が来ます。

どちらかがなくなればもう片方もなくなるわけで、バランスがとり切れるということは存在や意味がなくなる、すなわち「無」になるいうことと同義です。

光も影も一度に両方見れればそりゃいいのでしょうが、実際に光を見ている時は影は見れなかったり、影を見ている時は光を見ていないというのが現実だったりもします。

私はそうですね。

光を見て「あぁ、まぶしいなぁ」「今日はいい天気だなぁ。」と思っている時は影は見ていませんし、

影を見ているは、影を見ているから影を認識してるのであって、光を見ていません。

よって、両方があるんだなぁ、と思えるのは、自らを振り返って客観視したり、あるいはこうして一枚の画像にして俯瞰してみた時だけで、両方あるんだな、と自分が認識するのはその後になります。

自分が第三者の目を持てた時ですね。

人のことはよく分かるけど、自分のことが一番分からないというのはそういうことなんじゃないか?と思っています。

人がじっくり考えている時に、お前は動いていない、と言うのは簡単ですし、

急いで行動している人に、お前は落ち着け、と言うのは簡単で、

冷静な人に、君は暗い、

明るく活発な人に、お前は落ち着け、

と言うような指摘は、ある意味当たり前の簡単なことで、そういう簡単なことをアドバイスとか指導と思っている人がいて、そういう人はそういう人で真面目に他人のことを考えている自負は持っているので、面倒くさいです(苦笑)。

私から言わせれば、それは大きなお世話で、他人のことをつべこべ言っている時は、自分のことが見えていないのだから、あんた他人の心配より誰より自分の心配しとけよ、と思います(苦笑)。

頼まれてもいないのに、異常に人の役に立ちたがって、自分の存在を確認したがる人は迷惑ですね(苦笑)。

誰かに頼まれてから言えばいいのです、そんなこと。

でも、そんなこと言ったら、いつ自分を俯瞰したり客観視して冷静になればいいのか?ということになるので、

私の場合は、その機能が日記であったりブログであったりするのだと思います。

一日に一回くらいは、その日の自分を振り返って客観視してみる。

そうすると、今日は「はしゃぎ過ぎた」とか、サボり過ぎたとか、ロクなことやってなかったな、とか、

カッコいいつもりだったけど何て滑稽なんだよ、とか、

(要するに反省しかないじゃないか(苦笑)。)

あるいは、人目も気にせずガムシャラで何かやってたけど、そういう自分もなんかカッコいいじゃないか、とか、

アホ面こいてボッケーと何か見てるだけの姿は、結構絵になるんじゃねーか?とか(笑)、

片方だけじゃなくて、反対側も見れるので有効だと思っているのです。

画像にしたり、文字にするというのは、自らを客観視するということと同義ですから、考えるだけよりもより明確になっていいですね。

ホントは人に役立つ情報とかそういうことを書く方がアクセス数とかも伸びていいのでしょうし、ブログをビジネスに繋げることを目的にしたセミナーなんかではそう言うのでしょうが、

私は、そもそも役立つ情報なんてのを毎日書けるほど役立つ人間でもないことや(苦笑)、私の戯言など、そもそも誰もちゃんと読んでないと思っているので、

もっぱら、自分の為にブログを書いているというのが本音ですね(笑)。

そんな稚拙なブログでも、こうして読んでいただいている方には感謝していますし、

読んで頂いている方で、かつ、ご自身もブログを書いている人は、私から見てバランスがいいなぁと思える人が多いのも事実です。

と、いう訳で、できるだけ毎日ブログは書きたいなぁ、と思っている今日です(苦笑)。

だから私にとってブログは必要なんだよなぁ。
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