刷り込まれた怖さに思考を駆り立てられる

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私は、何が怖いって、人気(ヒトケ)のない百貨店系の商業施設ほど怖いものはないんですね(苦笑)。

 

白い蛍光灯が煌々と点いてる広い店内に、人影まばらで、あ、人がいると思ってホッとしたら、それは店員さんで(笑)、

あ、こっちに人がいた、と思ったら、また店員さんだった(笑)、みたいな・・・、

自分と同じお客さんを探すんだけど、どこにもいなくて、

売場でちょっと立ち止まると、立ち話していた店員さんが、ハタと気がついて、片方が人気(ヒトケ)を消して、獲物を狙うカマキリみたいにそぉっと近づいてくるみたいな・・・、

あの感覚が何だか、とっても怖いのです。

商品は綺麗に並んでいるんだけど、なんだかノッペラボウみたいで、

やっと見つけた人もノッペラボウみたいで、

あちこちから静かに湧き出てくるような店員さんもなんだかノッペラボウみたいで、

どこ見てもノッペラボウだらけみたいな感覚が、とっても怖くて、

なんだかその場から逃げ出したくなって、足早にそこから立ち去りたくなってしまいます。

 

それは、百貨店が良くないとか、悪いとか、そういうことじゃなくて、

私がずっと物販に携わってきた中、それは売る側になっていたわけで、イヤというほど経験した、あのお客さんが全然いない時の、あのなんとも言えないいや〜な不安にかられる店内の雰囲気とか感覚を思い出すのだと思います。

 

例えば、アパレルメーカーにいた当時には、ファションショーの当日に、開始数分前で、準備はできているものの、まだお客さんが全然いない状況で、何とかしなきゃと思うものの、何をどうしたらいいのか分からなくて逃げ出したくなる感覚とか、今でも時々夢に出てきたりします(苦笑)。

 

あるいは、廃業した家業の業績回復に没頭していた当時の、中小企業によくある一社依存の状態からなかなか抜け出せない慢性的不安が続く感覚や、

ジリジリと業績が悪くなっていくのが分かっていながらにして、どう手を打っても焼け石に水状態で歯止めがかからなくて、どうしたらいいのか分からない状態か続くあの感覚が、きっと今でも残っているとか、

あるいは、前職のリサイクルショップでは、上場に向かう過程の中で、無理を承知で新店舗オープンして、オープン準備を作業的に進めるのはいいけど、肝心の集客に確信がもてなくて、案の定、初日に全くお客さんが来ない状態とか・・・・、

そういう色んな出来事が蘇ってくる環境にいることが怖くて怖くてしかたない、という心理が蘇ってくるのだと思います。

 

もしかしたら、そういう怖さというのは、本当は誰でも持っていて、でもその渦中にいる時は、そんな胸中を公にはしていないだけでなのかもしれませんね。

 

よってかどうかは知りませんが、そういう場面に出くわすと、ついつい他人事とは思えなくて、色々と考えてはシュミレーションしてしまいます。

多くの人は、そういうピンチの時に品揃えや価格帯といった商品面のことをどうこうすると言いいたがりますが、私はそういったことで、抜本解決できた試しがありませんからしません。

無論、扱い商品やサービスが何であるのかはとても重要ではありますが、この時代のビジネスにおいて最も大切なことや議論はすでにそこにはないと思っています。

同じように思っている人は多いかと思いますが、でも、やっぱり現実的な解決の場になると、品揃えや価格帯の話が中心になることがほとんどです。

それで解決できることはたかが知れているというのが、今まで廃業〜新事業立ち上げ〜上場まで経験してきた私の結論です。

 

よって、私は私で自分の経験則で、この思考アプローチで救われたと確信している方向へと自然と頭が向かって、

「そもそも人はなぜ消費をするのか?」「選ばれる人(店)は何故選ばれているのか?」「誰に何をしてくてそれをしているのか?」に始まって、「果たして人間とは何者なのか?」という大論に向かって、そこから具体的な自分自身の体験・経験と照らし合わせて仮説を立てるという、という方向をとってしまいます。

私の場合は、それが、ほとんどの解決の源だったので、やはりそっちからのアプローチに向かってしまうのです。

 

恐らく、そんなことをいきなり言っても、キョトンとした顔されて、孤立無援状態になって面倒くさくなるのも知ってはいます(苦笑)。

人のことは難解で面倒です。

もしかしたら、面倒臭いから、人という視点で消費など考えたくない、ということかも知れないけど(笑)、

私は、ビジネスである以上、そこは避けては通れないと思っていますから、

答えなどでなくても、考えることそのものに価値があると思っていますし、

考えても意味がないと言って考えない人と、それでも考えて仮説を立ててやり続けた人とでは、

月日が経つと共に歴然と差がつき、その差はもう取り返しがつかないほどの能力になってしまうことも見てきたつもりですから、

まずは「人」という難解で面倒な対象を出発点にした発想をするのだと思います。

 

だから、そういう場所に入り込んでしまった時はとっとと逃げて、自分のペースに何とか戻そうとするのでしょうね(笑)。

 

かと言って、私が合っているというのが確証などはどこにもなく、間違ってるかも知れませんから、あくまで、私なりの見解ということになるでしょう。

そもそも、たまたま私がいた時にお客がいなくて、ホントはスゲー流行ってて業績いいのかも知れないしね(笑)。

だから、まぁ、勝手に仮説ってことになるのでしょうね。「私だったらどうするのか?」という仮説に基づいて、頭の訓練をしているだけということになるのでしょう。

私だったらどうするか?というのは、調子にのって公にすると、またいらぬ批評や批判くらって、うるせーなほっとけよ、といらぬ腹立てたりするのもイヤなので(苦笑)、

こっそり自分で纏めておいて、ホントにご相談頂いた方への置き換えの時に使いたいな、と思っています(苦笑)。

うん、書くのが面倒になってきたので、うまく、逃げたな(笑)。

 

商業施設に人がいないは怖くてしかたない・・・。
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