量と質の関係性に限界があっても

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対象が何にせよ、質を上げたいのなら、一定量をこなすことは必要です。

一定量をこなしていく上で、自分が質が高いと思える誰かがいるかどうかというのはとても有効だと思います。

例えば、私の場合だと

「あぁ、こんな引き込まれる話ができる人になりたいなぁ。」

とか、

「こんな文章が書けるようになったらなんて素敵なんだろう?」

「こんな絵やイラストが描けるようになりたいなぁ。」

とか、発信について、そう思える憧れというか目指している人はいて、

そういう人がリアルにいるというのは、いるだけで、とても恵まれていると思います。

努力なんていう苦しい感覚なしで、勝手に観察したり情報収集して、向かいたい方向にどん欲に向かおうとしますからね。

勉強している自覚なしに、勉強と同義の行為をしているわけです。

 

生まれてから、いきなり質の高い何かを発信できる人は恐らくいません。

質が高いと思える人が、生まれてから今日までの間に、対象にどれだけの量を費やしているか?という情報は大事です。

 

例えば、文字表現なら、1日にどれくらい文章を書いているとか、SNS発信をしているとか、

野球なら、どんな練習をどれくらいしているとか、

そういう定量化できる情報は、同じ努力をする上で、同じようになれる指数として有効だと言えます。

 

ただし、同じ努力量をこなしても限界というのはあって、

素敵なブログ記事を書ける人と、同じ回数の更新や、練習をして、

素晴らしい講演をする人と、全く同じ回数の練習をしたとしても、

果たして本当にその人と同じ質になれるか?というと、そういうわけでもないんだな、と最近になってやっと気づきました(苦笑)。

 

もって生まれた肉体的、あるいは脳の出来というのはあって、仮にそれを才能とするなら、もともとの才能が違うのだから、どんなに量をこなしても無理なものは無理というのは当然と言えば当然ですものね(笑)。

 

そうなると、比較対象をどこに置いて質が上がったかどうかを認識するかとなると、

①他人と自分という比較対象

②過去と現在の自分という比較対象

の2つのうち、②の方へとなり、

 

質が高いかどうかというのは、

①自己評価

②他人評価

の2つになります。

 

自分でどんなに「今日は質の高いブログが書けた。」「今回の講演は質が高かった。」と自覚しても、

見ている他人が「あんなもんはクソだ。」と言えばクソなわけで、

自分でできるのは質を上げる努力をすることであり、その評価はどこまでいっても他人ということになります。

 

仮に、素晴らしい質を誇っている人と、同じだけの努力や量を、必死になってどんなにこなしたとしても、

同じだけの質の高さになれるというのは幻想だ、所詮才能だろ?

となった場合、じゃあ、量を一つ一つ積み重ねていく意味なんてあるんかよ?となるわけで、

そうなると、最後は、何が量をこなす努力を支えるか?というと、

「どういう自分でありたいか?」とか、

「そもそも自分は何をしたいのか?」とか、

「何をやっている時が本当に好きなのか?」という、

結局は「ありたい自分」に対する矜持になってくるような気がしています。

結果として、他人から質の高さを認識されて評価されれば、それはとても幸せなことだと思っています。

 

この辺りの考え方は、

①量を売ろうとする為の量なのか、

①質の高さを求める為の量なのか、

という、自身のビジネスに大きく関わってくると共に、これからの中小・零細・個人会社がどうしていくかにも関わってくると思っています。

 

時々、10年以上書き続けている中の、過去のブログ記事を読み返すことがあります。

過去の記事は、過去の記事で、その時は精一杯質の高い記事を書こうとした自負はあるものの、

今読むと、我ながら顔から火が出るほど恥ずかしいことを書いていたな、と思えることは、ご多分にもれずあります(苦笑)。

 

と、いうことは、私の過去と比較すれば、私は質が高くなっていると自覚しているとも言えるわけで、

じゃあ、今の記事は質が高いと客観的に思えるか?というと、それはそれで恥ずかしいのです(苦笑)。

 

そう考えると、質の高さというのは、本来は「あぁ、俺も質が高くなってきたなぁ。」などと自覚することなく、

ずっとずっと、今日も練習だし、今日も望む質に届かない、と不足感を自分に感じながら、

気がついた時に、他人が質の高さを評価してくれているというのが理想なのかもしれませんね。

 

まぁ、いいじゃん、こんなクソブログ、誰も読んでもいないんだから、いつかの為の練習で、くらいに思っておくことでしょうね(笑)。

 

この記事を、未来のいつかに読み返した時に、顔から火が出るほどに恥ずかしいことを、自らに期待しています(笑)。

 

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