「継続」が大事ということは誰でも知っているけど実際にできる人は少ない

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何かやりたい、とか、

何かやらなくちゃいけない、とか、

自分は新しい何かができる、とか、

そう思う人は多いけど、

その何かの「具体案」を考え出せる人は少ない。

具体案を出しても、実際にそれを「行動」に移す人はもっと少ない。

実際に行動に移しても、それを「継続」する人はもっと少ない。

圧倒的成果を出している人の共通項目は「継続」していることである、と私はよく話すけど、

なぜ圧倒的になるかと言えば、単純に確率的に少なくなるからである。

じゃあ、「継続」は何なのかということ。

人を見ていて思うのだけれど、人はそんなに新しいことを思いついたり、新しいことを行動に移したり、新しく始めたことを一貫して続けられないのだと思う。

いきなり新しい自分へなどと突然変異などはしないのである。

「継続」がキーであるとするなら、新しく何かをやろうとするより、逆に、

自分の人生をしっかりと振り返ってみることの方が、自分のやることへのヒントが見える。

自分が、意図しようと、意図していまいと、ずっと「継続」してきたのは、自分が生まれてきてから今に至るまで、実際に何らかの行動をしてきたからである。

何より実際に「継続」してきた結果が今なのだから。

答えはないかもしれないが、その延長線上に見えるヒントはあるかもしれない。

逆に、自身の紛れもない「継続」である「自分の人生」を見たくもないのであれば、

これから後の「継続」もできないと思った方がいい。

人はそんなに変わらないと思っておいた方がいい。

私が、「独自の価値のヒントは過去にある」という理由はそこにあります。

その時の感情や考えは一旦抜きにして、実際に行動していたことだけを他人になったように客観視してみることです。

思いもよらずスゴイ自分も、見たくもないブザマな自分も、見えてきたりして、

自分の姿を自分で客観視するというのは誰もが恐いが、

その自分も知らなければ、自分の幸せも分からないのだと思っています。

「具体案」も「行動」も「継続」も、自分の中にないものはどんなにあがいても出てきません。

私はそう考えています。

出せもしない新しいことを「継続」までいこうと試みるのか、

「継続」してきたことを自身の価値と認め、これからの「継続」ヒントとするか、

どちらが自分が「継続」できるかを考えてみるのは大事ですね。

紛れもない自分を見てみよう。
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