ベストがハチ切れそうでも(苦笑)、そのままの自分を出せばいいんだよ(笑)

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今年最初の講演でした。

この日はドレスコードが決まっていた場だったので、しかたなく(苦笑)、ネイビーのピンストライプのスリーピースですけど、レザージャケットだろうとスーツだろうと、まぁカッコいいから(笑)いいです(笑)。

 

ファッションのバリエーションがどうあれ、講演をする時の私の心構えは一つです。

「そのままの自分を全部出せるか。」

人前で話をする以上、どう見られるかは当然意識しますし、伝える内容は、一つでもお役に立てる内容にしたいと意図しますし、無論良い評価を頂けるように努力はしますし、何より楽しい時間にする為には楽しく伝えたい。

ただ、自分の人生で起こったことや、その時の感情や、何とかしようといかに手を打って、それが結果どうなったか・・・・・、

人に見られる以上カッコ良くいたいという欲求はあるけど、イイ事例ばかりでなく、生々しく泥臭い事例や、カッコ悪い事例、カッコ悪いブザマな自分も、全部そのままに出せた方が、聞いている側にとってはそこから気づいたり学んだりすると思っているからです。

それは私が聞いている側の時にそう思ったからなのでしょうね。

その人のカッコいいと思っている発信は、聴いている側にとってある意味ブザマで滑稽でカッコ悪くて、

逆に、本人はそんな自分を知られたくないと思っているような辛い経験や苦労や努力を知った時、なんと美しいのだろうと思い、強烈な影響を受ける。

そんな経験、あるのではないでしょうか?

例えば、私の「家業廃業」の経験というのは、私にとって、当時は辛くて最悪の経験でしたが、今になってみるとかけがえのない財産に価値が変わっています。

でも人からしてみれば、そんなのは親不幸となるかも知れませんし、人生の汚点・傷と思う人がいるかもしれませんし、逆にそういう生き方でありたいと思う人もいるでしょう。

「株式上場」の経験というのも、向かう過程と、上場の瞬間と、その後において、私の中の「株式上場」という価値は全く違っており、それはそれで経験してみたことで分かったことであるし、でもいくら「分かった」と言っても私だけが勝手に思っているだけのことです。

それらの起こった事実とその時の感情を聞いた側が、「株式上場」というものをどう受け取るか、あるいは「株式上場を経験した私」をどう認識するかというのは聞いた側が決めることなのです。

言ってみれば、伝える方もどう伝えるかは伝える側の勝手なら、受け取る方も受け取る側の勝手なわけです。

同じ勝手なら、私が伝える側にまわった時は、私が認識している上でのホントのことを伝えたいし、その時に何を感じてどうしたかったか、実際に何をしたかをリアルに伝えればいいな、というか、それしかできないなと思っているということになるんでしょうね。

自分がどんなにカッコいいと思っている自慢話を伝えても、それをどう評価するかは実は受け手側だし、同様に、どんなに言いたくないような話を吐露しても、それをどう受け取るかは実は相手次第というのが私の考え方です。

ですから、実は、発信する自分がどんなに意図したところで、それはそのまま伝わるかどうか、受け取られるかどうかは、常に受信側に委ねられるということで、

よって、事実を事実のままに伝え、その時の気持ちを素直に伝える。ただただ伝える。それが基本であり、リアルであると思っているということになるんでしょうね。

ただ、これが・・・・・、こんな風にカッコよく口で言うほど簡単ではなく(苦笑)、実は困難極まりなく、課題とも思っています。

人前で話す以上、どう見られるか・どう伝わるかを意図するということであり、逆にそのままの自分を伝えるということは、どう見られたいかなど意図などしないということだから、自分の標榜していることはそもそも二律背反しているじゃねーか、となるからです(苦笑)。

自分の人生のありのままを素直に表現できて、それが誰かにとってのお役に立てたり、良い影響であったり、素敵なきっかけになれたなら、そんなに幸せで嬉しくて素敵なことはありませんね。

そう思いながら、スーツはカッコいいけど、でもベスト(最近ではジレって言うんですってね(笑))はお腹が出ていてハチ切れそうでカッコ悪いなぁ、と思いながら(苦笑)、だけど、そのままの自分を出せばいいのだよ、と言い訳をしながら、この画像を使おうと意図するのでした(笑)。

ダメだカッコ悪いよ、この腹は(苦笑)。
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