共感には現実面と本質面がある

自分にとって嬉しくて楽しいことは、他人にとっては必ずしも興味があるわけではないですね。

 

かといって、他人の嬉しいことや楽しいことにまるで興味がないか?というと、そうじゃなくて、

他人の嬉しいことや楽しいと思う対象そのものには興味がなくても、

何故、それを楽しいと思えたり、嬉しいと感じるのか?ということに対しては、私は強烈な興味を持ってしまいます。

よって、「なんでそんなことやってるんですか?」と不躾な質問を根掘り葉掘りしまくることはよくあって、面倒がられます(苦笑)。

 

(私にとっては嬉しくて楽しい対象だけど、他人にとっては理解できない対象であることをリアルに実感する事務所内(笑)。)

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そういう意味では、共感というのは二段階はあるのだと思います。

 

別の言い方をすれば、私にとって、「好き・嫌い」と「興味がある・ない」は別物ということです。

 

例えば、道を歩いていて、フと見つけてしまう、ピンクの外装にフリフリ基調のレディースファッションがあって、

フリフリのレディースファッションそのものには大した興味もないし(笑)、

自分が着用する趣味はありませんから(笑)、自分で購入するということには至りませんが、

 

でも、私にとってはとても理解できないアイテムと世界観でビジネスをしようとしているこの店の経営者の方や、従事しているスタッフの方というのは現実にいるわけで、

何故やっているのか?何故ビジネスにしようとしているのか?何故ここで働いているのか?ということには強烈な興味があるということです。

 

無論、ビジネスですから、これをやった方が儲かるというのは前提かもしれませんが、

儲かる方法は他にもいくらでもあるわけで、何故ここに至ったのか?選択をしたのか?は聞いてみないと分かりません。

 

そういうことを色々と想像してしまうわけです。

流行りだから儲かりそうだからやっている、というのであればつまらんけど、

予想もしないような凄いドラマに時々出くわす時もあって、

そういう時に、ビジネスの本質を学んだら、共感を得たりすることがあります。

 

仮に、人生の何らかの体験や経験の経緯で「・・・だから、の世の中を明るく元気にしたいからやってるんです。」となったとして、

さらに、仮に、私も同じだとして、でもピンクのお店と、私の事務所は、見た目にはまるで違う現象になっているわけで、

そこにも独自性や、あるいは時代に合わせた別事業モデルのヒントはあるとも思います。

 

現象と本質の両側面から、どこに共感するのか?という視点や探求は、これからのビジネスにおいて、とても重要で、かつ必須の思考なのだと思うのです。

 

ちなみに、ここまで偉そうに書いといて、この日は写真を撮っただけで、恥ずかしくて何も聞けませんでしたけど(苦笑)。

さらに、改めてみると、ピンクは好きな色であるけど、むさいオッさんの私にはあまりにも似合わんこと、似合わんこと(苦笑)。

 

あまりにも似合わない(苦笑)
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